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2007年9月

2007年9月30日 (日)

番外「S.S.D.S診察会に行ってきました」

今回は9月29日に中野サンプラザで行われた、S.S.D.S診察会についてのレポートです。

S.S.D.S診察会とは、

「スーパースタイリッシュドクターズストーリー」の略称であり、

医者キャラに扮した声優達のユニット?名である。

そのSSDSで行われるイベントを診察会と呼びます。

今回の並び順は向かって左から、

日下事務長(千葉進歩)・ケロユキ(福山潤)・ブラディ伯爵(堀内賢雄)・

君島先生(檜山修之)・Dr(速水奨)・沢登先生(松本保典)・

バウム教授(関俊彦)・シューマイ君(森川智之)

といったならびでした。

今回私が注目したのは、

普段舞台上で他の方がキャラを忘れて素に戻った発言をすると

かなり厳しく突っ込む速水さんなのですが。

今回も(主にブラディ)に厳しい突っ込み入れてたのです。

が、「今回のデュエットのパートナーに対して」という質問に答える時。

速水さんと組んだ関さん(なんと直江&高矢でデュエットですよ!お嬢さん方!!)が、

何度も「速水さん、速水さん」と言ってたいたのに対し、

一度として突っ込まなかった速水さん……。

前々から思ってましたが、速水さんて関さんには甘いですよね(-_-;)

関さん演じるバウム教授は一人称「私」なのに

「僕は〜」って言っても何も言わなかったし。

堀内さんが同じ事を言おうものなら

「ブラディは俺って言わない」って突っ込むのに……。

あと、今回のアルバムのデュエット曲での注目は君島先生&ケロユキですね!

BLEACHに変換すれば一角&弓親になりますから!!

そして何より、「G1はどの馬を買えばイイか」の質問に対し、

見事にアストンマーチャンを的中させたブラディ伯爵に乾杯です。

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2007年9月28日 (金)

言い間違い2

○清水商事営業部(朝)

   朝から忙しく働いている社員たち。

   飯田直樹(39)も仕事に追われている。

   パソコンがうまく操作できないのか、

   時々『くそっ!』と言いながら、頭をか

   きむしっている。

   不意に電話が鳴る。

   飯田、電話を見ずに、受話器をとる。

飯田「(仕事をしながら)……はい、電話です」

電話の相手「え……」

飯田「(慌てて)いえ、清水商事、営業の飯田

です。すみません!」

   立ち上がって、電話の相手に頭を下げ

   て謝る飯田。

   周りの社員は「何事か?」という顔をし

   て、飯田を見る。

   しかし、謝っている飯田を見て、少し笑

   いながら仕事に戻っていく。

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2007年9月26日 (水)

つもり

○ 路地

   学校帰りの賢(8)と祐輔(8)が野良猫に

   給食の残りのパンをやっている。

賢「こいつ、俺たちで飼おうぜ」

祐輔「うん」


○ 道(翌日)

   給食のパンを手に路地へと入っていく賢。

賢「!」

   祐輔が数人の友達たちと一緒に野良猫に

   餌をやっている。

祐輔「あっ、賢ちゃん。はやくはやく」

   友達たちが部外者を見るような目で一斉に

   賢を見る。

賢「……俺、ちょっと用があるから」

   賢、踵を返して駆け出す。

祐輔「?」


○ コンビニの前

   走ってきて立ち止まる賢。息が荒い。

   持っていたパンは強く握っていたために

   つぶれてしまっていた。

   賢、パンをゴミ箱に放ると背中を丸めて

   とぼとぼと歩き出す。

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2007年9月25日 (火)

シャンプー

○ 道

   少年が母親と手をつないで歩いている。

   少年の友達が通りかかる。

友達「あっ」

   少年、つないでいた手をサッと離す。

   ニヤニヤと少年を見る友達。

   少年はばつが悪そうにうつむいて通り過ぎる。


○ リビング(夜)

   少年、バスタオルと着替えを持って通り

   抜けていく。

   父親、ソファーからそれを見て、

父親「おっ、風呂か? パパも一緒に入ろうかな」

少年「やだよ、子供じゃあるまいし」


○ 風呂

   少年、手桶でザバッとお湯をかぶる。

   被ろうとしたシャンプーハットをポイッと放り、

   思い切り目を瞑ってから意を決して頭を洗い始める。

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2007年9月24日 (月)

ある疑惑( アイドル愚考録 )

時代小説に登場する、類型的ではあるが魅力的な人物として、一見弱そうだが実は剣の達人、というものがある。

流れる雲のごとく飄々とし、その姿からは微塵も強さを感じとれない。隙だらけに見える。

しかし、いざ斬りかかってみるとかすり傷ひとつ与えられない。まるで剣の方が相手を避けているようで、傍からは遊んでいるようにしか見えない。やがては斬りかかった方が根負けし、目を回してどうと地面に倒れてしまう。

無論、フィクションであり、そのような達人がいたかどうかは分からない。各道場、流派に伝わる開祖や名人たちの心躍る逸話も荒唐無稽なものが多い。しかし、真剣を持っての果し合いが実際に行われていた時代の話である。全てを虚構と断じてしまうのも些か乱暴ではないか。

9月20日号のヤングサンデーの巻頭グラビアを飾ったのは、映画「スイングガールズ」でトロンボーン奏者を演じた、絶対音感を持つグラビアアイドル、辰巳奈都子であった。

どのカットもレベルが高く、特に表紙のバストショットは秀逸だった。

彼女の愛嬌のある柔らかな身体を前面に打ち出しつつも、耳の辺りから前に垂らした髪が、ぽちゃっとした頬を覆い隠してやや鋭角なラインを演出し、本来の緩やかなカーブとやや鋭角なカーブの二種類の曲線が楽しめる画面構成だ。

それにしても今回のグラビアの構成は見事だった。最初から最後のカットまでよく練られた構成で、ひとつの映像作品が出来上がっていた。まずは編集部の構成技術に拍手を贈りたい。

ここで気に留めておくべきは、ストーリー性があったからといって、それが被写体である辰巳那津子の力量を示すものである、と単純に結びつけるわけにはいかないということだ。

私は、今回の功績は、彼女の魅力を知り尽くしたカメラマンと、編集部のページ構成によるものだと考えている。

辰巳奈都子の魅力とは一言で現すならば「隙」である。

彼女の体には嘘がない。

一点の曇りもない、夏の青空だ。剥きだしであけすけなその態度からは、相手に完全に心を許しているような、弛みが感じられる。

街での買い物や食事のカットが水着でのカットよりも、より生き生きとしているのは、間違いなく彼女から撮影時の緊張感が見られないからだ。

つまり今週号のグラビアに物語性を生まれたのは、演者としての彼女の技術が高かったわけではなく、彼女の弛み、隙を利用して日常的なシーンを合成させてみせた、カメラマンの強かさにあるのである。

辰巳奈都子はただ自然に振る舞っていただけに過ぎないのだ。

しかし、私には拭いきれない、ひとつの疑念がある。

もしもそれらが演技だとしたら?

すべてが彼女の計算通りだとしたら?

名刀とは鞘に納まっているものだとも言い、居合いの教授では抜刀と同じ重きをおいて納刀の技を教えるとも聞く。

彼女こそが鞘に納まった名刀だとしたら。

実は今回のブログを書く際にプロフィールを調べていて、ひとつ気になる箇所があった。

彼女は好きなアーティストに、マリリン・マンソンをあげていたのだ。

全米で数々の奇行と伝説を残し、熱狂的なファンとそれに倍する敵を作ってきた彼のファンである彼女が、果たしてグラビア通りの人間なのかどうか。

今頃、してやったりとほくそ笑んでいるのではないか。

そんな訳で、私はまだ今回の自分の判断を信じきれてはいない。

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2007年9月23日 (日)

NO.2 置鮎龍太郎

私は声フェチである。

中でも大好きと自信を持って言い切れるお三方の内の一人、

置鮎龍太郎についてだ。

主なジャンプ系出演作は、

ONE PIECE/カク

BLEACH=白哉、

ニテスの王子様/手塚

スラムダンク/三井等。

そして、私が最も好きな声のトーンは

女の子ガンダムと呼ばれる

ガンダムW/トレーズと

CDドラマ版創竜伝/竜堂続だ。

この系統の語尾のかすれるような台詞の言い方は絶妙だ。

今でこそ、こんな事を言っている私だが。

彼のレギュラーデビュー作である「サイバーフォーミュラ」では、あまり興味がなかった。

そもそも、彼の演じるキャラ「フランツ・ハイネル」が好きでは無かったのだ。

では、なぜ彼の人の声に興味をもったかというと。

私をこの道にはめた友人が「緑川光のファンだった」、

それに尽きる。同じ事務所でレギュラーデビュー作が同じ。

そのせいもあってか共演が多く、耳にする機会が多かったのだ。

決定打となったのが、その友人に頼まれて録音していた緑川氏が

パーソナリティを努めていたラジオ番組内のラジオドラマ、

新・春香伝/夢龍だった。

まさにひと聞き惚れをしたのである。

余談だが、このお二人、現在ではあまり共演はなく。

緑川氏は雑誌のインタビューで最近共演がなくて寂しいとか、

「せっかくの共演だったのにからみが無かった」。

好きなミュージシャンはとの問いにも「置鮎龍太郎」と答える等、

腐女子の耳には痛い事を言ってくれる。

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2007年9月22日 (土)

ハーベイ・ウォールバンガー

男は思い出せなかった。

ふと仕事中に浮かんだ名前「ハーベイ・ウォールバンガー」

…何処かで聞いた事はある。確かに聞いた事がある。

しかし、名前以外は何も思い出せない。

こういうことは、一度気になりだすと喉に引っかかった魚の小骨のように気になる。

うーん、取引先の顧客は…。外国人いないし。

電車の中刷りにあった駅前の英会話学校の先生の名前…じゃないな。

あ、そうだ!あの有名な映画俳優!って、そりゃマーク・ウォールバーグだ。

「ディパーテッド」面白かったなぁ…って違うだろ。

惜しい所カスった気はするが、悩めば悩むほど、思い出せないハーベイ。

お陰で仕事には集中できないし、イライラして来た。

トイレで用を足しているときも、肝心の事に集中できない始末。

おまけに頭の中の小人さんが「ハーベイ♪ハーベイ♪ヘヘイヘイ」と歌いながらダンスを始めた。

畜生!うるさいぞ!

ハーベイって何なんだ!

ガン!

やるせなさにトイレの壁を殴りつけるが、ただ手が痛くなっただけだ。

ん?

「ああっ!これだ!」

結局、ハーベイも俺も、悩んだときは壁を叩いたと言うオチだ。

※ハーベイ・ウォールバンガー (Harvey Wallbanger)
スクリュードライバーにガリアーノを加えたレシピ。
カリフォルニアのサーファー、ハーベイがこのカクテルを飲んだが、酔ってカクテルの名前を忘れてしまう。
そこで次の日の朝、カクテルの名前を求めて酒場の壁を叩いて回ったという伝説から有名になったカクテル。

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2007年9月21日 (金)

言い間違い

○某会社 総務課(夜)

   年度末のため忙しく、残業している社員

   たち。

   星川絵里(25)も忙しく働いている。

   課長の鈴木重信(39)ももくもくと作業中

   である。

   そんな中、絵里重信の机に近づく。

絵里「(書類を見ながら)店長、この書類

ですが……」

   重信絵里の声が聞こえてないのか、

   返事をしない。

絵里「(重信の返事が無いので、むっとし

て)……店長?」

   しかし、書類のチェックに夢中の重信

   は気づかない。

絵里「(大声で)店長!、この書類ですが……!」

   絵里の大声に驚いて顔を上げる重信

   周りの社員も驚いた表情で二人を見て

   いる。

重信「(困った顔をしながら)店長じゃなくて

課長ならこの僕だがどうしたの?」

   絵里、言い間違いに気づき、顔を真っ

   赤にしながら

絵里「この書類なのですが……」

   と、相談を始める。

   そんな二人を見て、周りの社員たちは

   くすくす笑いながら仕事に戻っていく。

   しかし、質問を終え、自分の席に戻っ

   た絵里の顔色は真っ青だった。

 

○某会社 総務課(朝)

   社員たちが出社し、朝礼が始まるが

   その中に絵里の姿は無い。

重信「あれ、星川くんは?」

女子社員「何も聞いてませんが……」

重信「寝坊かな……まあ、いい。そのうち

来るだろう……」

  仕事を始める重信たち。

 

○某公園

   犬の散歩や、ジョギングをしている人

   たち。

   不意に一匹の犬が茂みの中に入って

   いく。

飼い主「おいおい、どうしたんだ、シロ」

   犬に続いて茂みの中に入っていく飼い

   主。

飼い主「!……」

   茂みの中から、人間の足が出ている。

   飼い主が足を引っ張ると、茂みの中か

   ら出てきたのは死んでいる星川絵里

   だった。

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2007年9月19日 (水)

母性

○ オフィス

   課長、OLの朋子に、

課長「君は気が利かないねぇ」


○ 彼氏のアパート

   フライパンで料理をしている彼氏、寝転

   がっている朋子に、

彼氏「たまには飯くらい作れよ」


○ 通り(夜)

   占い師の老婆、朋子の手相を見ながら、

老婆「母性が足りない」

朋子「――」

老婆「植物でも育ててみたら」


○ 朋子のアパート

   真っ暗な室内に酔った朋子が倒れこむよ

   うに入ってくる。

朋子「そんなの芽が出る前に飽きちゃうに決

 まっ――」

   冷蔵庫を開けて、

朋子「……」

   ジャガイモから芽が出ている。

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2007年9月18日 (火)

豆嫌い

○ ステーキハウス

   少年(12)が父親(43)と食事をしている。

父親「母さん、元気にしてるか」

少年「また新しい恋人ができたみたいだよ」

父親「そ、そうか……。(少年の方を見て)

 おい、好き嫌いは駄目だぞ」

   少年、付け合せのベジタブルミックスから

   グリーンピースだけを取り出している。

少年「だって豆、嫌いなんだもん」


○ ブラジル料理店

T「数日後」

少年(仏頂面)

   テーブル一杯に料理が並んでいるが、少

   年の目の前にはこれみよがしにフェイジョ

   アーダ(ブラジルの豆料理)が山盛りにされ

   た皿がある。

   同じテーブルには母親(31)とその若い恋

   人(25)。

   二人が談笑する姿を苦々しげに眺める少年。

   店内でダンスが始まる。

母親「あっ、私、行ってくる!」

   母親、席を立ちダンスの輪に加わる。

若い恋人「(店員に)すみません。これ(自分

 のフェイジョアーダ)、下げてもらえます」

   若い恋人、少年にひそひそ声で、

若い恋人「豆料理苦手なんだ」

   少年、まだ手をつけてない山盛りのフェイ

   ジョアーダをガッと口いっぱいに詰め込んで、

少年「ボグババイブビダボ(僕は大好きだよ)」

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2007年9月17日 (月)

三つの円( アイドル愚考録 )

今回、取り上げるのは人気グラビアアイドルで、最近では舞台『ケンコー全裸系水泳部ウミショー』の蜷川あむろ役を演じた、南明奈である。

その活躍ぶりはめざましく、グラビア、テレビ、CMとその顔を見ない日はないほどだが、実は私はあまり評価していない。

細い華奢な身体付きが幼さを過度に感じさせ、どこか痛々しい感覚を抱かせるからでもあるし、殆んどのグラビアが元気さを前面に打ち出す、典型的なアイドルのカットばかりでやや食傷気味だったせいでもある。

しかしフライデー9月28日号の表紙は違った。

赤いビキニでのバストショットなのだが、そこにいる彼女はいつもより抑え気味の笑顔だ。どこか戸惑っている様子で、ふだんの元気さは影を潜めている。

フライデーの表紙は他の雑誌よりも見出しが多いのだが、彼女を取り囲むように並んだその文字も、まるで彼女を閉じ込める檻のようだ。

そこにいるのはアイドルという虚構ではなく、等身大の、現代に生きる、悩める少女たちのひとつのサンプルでしかない。

そのため、それは膨大な情報に晒される、現代の人間たちの不安を模した、芸術作品のようにも見える。

 

しかし、私はここに作家の意図は感じない。

恐らくこれは偶然の産物である。

見た者の欲望を掻きたて、購買意欲を増進させるためのグラビアから欲望がごそりと抜け落ち、芸術性すら感じさせてしまうモノの正体は、フライデーという雑誌が抱えている、一貫性のなさにある。

ここで、並んだふたつの円を頭に描いて欲しい。

ひとつには少年マガジンからヤングマガジン、アニマルなどの少年、青年誌を書き入れる。

もうひとつの円には週刊宝石、週刊大衆などの中高年向けの雑誌を書き込む。

そして、その隣りあったふたつの円を繋げる、大きな円を書いて欲しい。

その円の中がフライデーという雑誌の立ち位置になる。

最初に描いたふたつの円の要素を併せたもの、それが20代、30代の男性をターゲットにしたフライデーの正体である。

アイドルに幻想を感じるほどコドモではなく、彼女らに隔世の感を抱くほど枯れてもいない。そんな男たちを対象にしたこれらの雑誌のグラビアが、扇情的で実利的なヌードと、アイドルの愛らしいグラビアとの混在となるのは必然である。

そこで今回の表紙を思い返して欲しいのだが、画面には南明奈の同世代からの視線が感じられない。興味、欲望の対象として捕らえる視線は皆無である。

年の離れた少女をただ眺めているような、透き通ったイノセントな視線である。

ところが、その無垢な眼差しを受ける南明奈が身に着けているのは赤いビキニなのだ。

何とも二律背反したグラビアだが、フライデーの表紙ならば当然の帰結と言える。

 

この欲望と無関心の二重写しになったような写真は、実はもうひとつの写真を重ねられた、世にも珍しい三重写しであったのだ。

重ねられたもう一枚の写真。

それはフライデーの抱える、自家撞着である。

 

* 尚、蛇足ではあるが、南明奈個人の魅力を楽しみたいという方には、EX大衆10月号のグラビアをお勧めする。そこには彼女本来の陽性が感じられる、良質のグラビアが多数収められている。

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2007年9月16日 (日)

コドモのギモン、大人のジョウシキ

これは私が「7」の文字が一際目立つスーパーで、

お一人様一点限りのひとパック98円の卵をふたパックかった帰りの事です。

交差点の信号前で止まった私の前に、親子連れがいました。

私がその交差点に着いた数秒後、

調度信号が赤から変わりました。

その時、女の子が言いました。

ねえ、青じゃなくて緑だよ」

それに対しての母親の答えは、

「そうだね」
そう言っただけでその会話は終了してしまったのです。

確かに、そうとしか答えようがないかもしれません。

大人からしてみれば、緑色の信号を「青」と言うのは当たり前です。

しかし、この子供の疑問。大人だって、幼い頃は一度は不思議に思う事でしょう。

それに対する親の答え。それはとても大切な事のように思えました。

正しい答えは私も知りません。

でも、そこで終りにしてしまってはいけないのです。

もしかしたら、とても面白い物語になる可能性がある、子供の考え。

以前にも、二人の少年が、

「ファインディングニモは〜」

「いや、ドラえもんの方が〜」

と言い争っている事がありました。

私には、そのふたつのキャラが何故同じカテゴリーにくくられるのかが

分かりませんでした。

悲しいかな、頭が硬くなってしまっているのでしょう。

子供の疑問というものは、時として大人の常識では気付けない事を教えてくれるのです。

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2007年9月15日 (土)

チェ・ゲバラvsゾンビ軍団vs越中詩朗

1967年。ゲバラは軍事革命のためにボリビアで戦っていた。

ボリビア政府軍は精強で、彼の率いるゲリラ軍は苦戦を強いられていた。

それに加え、ボリビア政府はCIAから極秘裏に支援を受けていたのだ。

その支援の内容とは…。

ある日、政府軍を襲撃した帰りにゲバラは一人仲間とはぐれてしまう。

無線機を壊され、一人きりで追っ手をかわしながら山岳地帯を逃げる。

追いかけるのは、生気の無い目をした、生ける屍達。

これこそCIAがボリビア政府にゲリラ掃討の支援として送り込んだ、ゾンビ軍団だった。

一方、サムライ・シローこと越中詩朗はプロレスの試合が行われるボリビアへと向かっていた。

だが途中でガソリンが無くなり、山道の真ん中で立ち往生することになる。

幸い小さな村が近くにあり、ガソリンを売って貰う越中。

だがその時、村にゾンビ軍団があわられ、片っ端から村人を殺していく。

越中もあっというまにゾンビに補足される。

だが、恐れを知らぬSAMURAIの魂を持つ越中に動揺は無い。

「何だか知らないけど、やってやるって!

ゲバラもゾンビに補足され、戦闘を繰り返しながら逃げる。

途中、小さな村に立ち寄る事になるゲバラ。

だが、そこで見つけたのは村人の死体。

どうやらゾンビは出会った人間は無差別に攻撃するらしい。

このままゾンビを引き連れ、ゲリラの本拠地に帰るわけにもいかない。

覚悟を決め、ゾンビ軍団を完全粉砕することにする。

村で唯一ゾンビに対抗していたのは、元ゲリラ兵士という女、リタだけだった。

ゾンビにやられる寸での所でリタはゲバラに助けられる。

村中に遺棄されていた重火器を使って反撃するゲバラ。

だが、物量に勝り士気も低下しないゾンビ軍団に次第に押されていく。

あやうくやられそうになったゲバラを救ったのは、越中のヒップアタックだった。

偶然の再会を喜び、熱い握手を交わす二人。

実はプロレス好きのカストロ将軍から紹介で二人は以前に知り合っていたのだ。

ゲバラの銃と越中のケツで、ゾンビ軍団は次々に倒されていく。

最後にやって来た身長2mのジャイアントゾンビが暴れまわるが、二人は一歩も引かない。

越中が必殺の2階からのヒップアタックを決めて倒した所に、ゲバラの手榴弾が炸裂。

遂にゾンビ軍団の掃討に成功する。

だが、喜びに浸るゲバラの頭に銃が突きつけられる。リタだ。

彼女こそがこのゾンビを操っていた張本人、CIAに雇われたハイチのブードゥ魔術師なのだ。

だが、彼女は銃を下ろす。戦いの中で、彼女はゲバラに惚れたと言う。

このままゲリラに加わり、一緒に戦いたいというリタを、ゲバラは射殺する。

「自由主義者どもの碌を食んだ奴など信用できん。やれやれ」

「おう、信用できないって!」

やがて騒ぎを聞きつけたゲリラ達がゲバラを迎えに来る。

固い握手で再会を誓い合うゲバラと越中。

ゲバラは再びゲリラ活動に、越中は試合へと、本来の姿に戻っていく。

翌日。

ボリビアの首都、ラパスでの越中の試合が行われている頃。

ゲバラはボリビア政府軍のレンジャー大隊の奇襲を受けて捕らえられ、即日処刑されていた。

最後の瞬間、ゲバラの脳裏に越中の姿が浮かんだかどうかは定かではない。

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2007年9月14日 (金)

お弁当

○某高校 教室 昼休み

  授業が終わり、弁当を広げる生徒たち。

  伸吾もかばんのチャックを開け、弁当を出そうとする。

  しかし、かばんの中には弁当は無い。

伸吾「今日、母ちゃん寝坊して弁当無かったな…。しゃあない学食行くか…」

  伸吾、教室を出て行く。

○某高校 昇降口 放課後

  チャイムが鳴り、帰り支度をした生徒たちが靴を履き替

  え、下校していく。

  友人と話しながら、下駄箱のふたを開ける伸吾

伸吾「……!」

  固まっている伸吾

友人「どうした、ラブレターでも入ってるのか?」

  下駄箱を覗きこむ友人。

友人「あらら…」

  下駄箱の靴の上に載っているのは手紙ではなく、包みに

  包まれた弁当箱。

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2007年9月13日 (木)

勝者

◯繁華街の路地(夜)

 
  若者数人が口々に罵声を浴びせかけながら

  浮浪者を殴る蹴るしている。

  抵抗ひとつせず、されるがままにしている

  男の浮浪者。

  浮浪者は初老のようにも見えるが、

  よく見るとまだ若く、せいぜい三十代。

  若者は浮浪者につばを吐きかけ、

  その場をあとにする。

  ぼろぼろの浮浪者。

  しかし、顔は薄く笑っている。


◯リング(浮浪者のイメージ)

 
  ちりばめられたまばゆいライト。

  その下で繰り広げられているボクシング。

  観客の盛り上がりはピークを迎えている。

  殴り合うボクサーたち。

  ひとりはかつての浮浪者。

  若々しく精気に満ちている。

 

◯ボクシングジム(浮浪者のイメージ)

 
  フードをかぶり、いくつものストーブに

  囲まれているかつての浮浪者。

  ストーブに置かれたやかんからは

  勢いよく湯気が吹き出している。

  外からは蝉の鳴き声。

  ミイラのようにやつれた浮浪者。

  水道の蛇口は針金で縛られている。

  見開かれ、落ち窪んだ目はしかし、

  ギラギラと異様に光っている。

  やおらサンドバッグに向かい、

  打つ、打つ、打つ、打つ……。



◯リング(浮浪者のイメージ)

 
  キツいパンチをくらい、

  崩れるようにマットに沈むかつての浮浪者。

 

◯ボクシングジム(浮浪者のイメージ)

 
  バンテージがうまく巻けない。

  ぼやける視界。

  グローブを取ろうとしてつかみそこねる。

  震える手。

  かつての浮浪者、その手を凝視。

 

◯リング(浮浪者のイメージ)

 
  リングに沈む対戦相手。

  仁王立つかつての浮浪者。

  レフェリーは勝者としてかつての浮浪者を指す。

  リング下からジムの人間が飛び出してくる。

  ジムの人間に抱きかかえ上げられ、

  喜びを爆発させる。

  と突然、意識を失う。

  騒然となるリング。


◯繁華街の路地(夜)

 
  地面に転がったまま

  虚空を見つめる浮浪者。

  目はほとんど見えていないようだ。

  震える手で空に向かって

  弱々しくジャブを繰り出し絶命。

  その顔は満足そうな笑みを浮かべている。

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2007年9月12日 (水)

ハッピーバースデー

○ 走るバスの車内(夕方)

   制服姿の由里子(17)が中ほどの席で

   カードに何か書いている。

   『パパ、誕生日おめでとう 由里子』という

   メッセージ。

   カードをリボンのついたかわいらしいラッ

   ピングの包みに添える。

アナウンス「次は新小岩」

   降車ボタンを押そうとする由里子に前の

   席の様子が見える。

幼児「ぶーぶー、ぶーぶー」

   母親と一緒にいる幼児がボタンを押した

   がっている。

   由里子、ボタンから指を離す。

   幼児が嬉しそうにボタンを押そうとした刹那、

   他の誰かが先に押してしまう。

   由里子、車内を見回す。

父親「おう、由里子」

   後部座席にいた父親、今まさにボタンから

   指を離すところだった。

幼児「うぇ~ん(泣き出してしまう)」


○ バス停

   停車したバスから降りてくる由里子。

   先に降りて待っていた笑顔の父親にプレゼ

   ントを押し付けるように渡す。

父親「?」

由里子「フンッ!」

   由里子、怒ってひとり先に行ってしまう。

父親「えっ?(カードのメッセージと娘の後姿

 を交互に見て)ええっ???」

   由里子、くるっと振り返っておどけた様子で

   あっかんベー。

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2007年9月11日 (火)

感受性

○ マンション・リビング

  少女が声を上げて泣いている。

  鳥かごの中でインコが死んでいる。


○ 同・ベランダ

テロップ「数日後」

  母親に見てもらいながらプランターに種

  を蒔く少女。

  とても楽しそう。

     ×    ×    ×

  芽が出たのを見て喜ぶ少女。

     ×    ×    ×

  10cmほどに成長した苗にじょうろで

  水をやる少女。

     ×    ×    ×

  40cmほどに成長した木に数個のプチ

  トマトが実り、飛び跳ね大喜びする少女。


○ 同・キッチン

  サラダに入っているプチトマトを見て大

  泣きする少女。

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水切り

○ 月明かりの川原(夜)

  べそをかきながら水切りをしている少年。

  石は水面で二回跳ねて水中に消える。


○ 記憶

  昼間、三回の水切りを成功させ、少年の

  前でこれ見よがしに喜ぶ友人。


○ 再び月明かりの川原

  少年が石を投げようとしたとき、月が雲に

  隠れ川面は全く見えなくなってしまう。

  少年、肩を落とし持っていた石を捨てる。

  闇の中にポチャンという音が響く。

  それを聞き少年はもう一度石を手にする

  と、目を閉じ一層精神を集中して投げる。

  水を切る音が二回し、三回目を期待した

  時、突然けたたましいクラクションが!

父「飯の時間だぞー」

  バイクに乗った父が土手の上から言った。

少年「(力いっぱい地団駄を踏んで)もぉ!」

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2007年9月10日 (月)

アイドル愚考録(4)

「ドイツ占領下の時ほど、自由だったことはなかった」

無神論的実存主義を唱え、「嘔吐」などを著したジャン=ポール・サルトルの言葉である。

フッサールの現象学に強い影響を受けたサルトルは、「現象(世界)との関係そのものが意識である」とし、人間は積極的に社会に関わっていくべきだと訴えた。

彼の定義する自由とは「どのように行動するか(係わるか)を自分で決定できること」だ。

上述の言葉の真意は、もっとも自由を制限されていた戦争の時こそ、もっとも自由を意識した時だった、ということらしい。

実にサルトルらしい言葉だ。

今回、取り上げるのは田中ゆみという若手グラビアアイドルだ。

私の記憶のなかに彼女の名前はなく、このブログのため経歴を調べてみると、私がチェックしている雑誌でも仕事をしていた。しかし、それでも彼女を思い出すことはなかった。

しかしそれも仕方ない。彼女はそれほど個性的な顔ではない。

当然きれいな顔をしているが、インパクトには欠けている。整った顔つき、という記憶のカテゴリーにすんなりと収納されてしまうタイプの顔だ。「田中ゆみ」というカテゴリーが作られるほどの力を感じない。この世界、顔のよさがマイナスに働くことは案外と多い。

実際、巻末に収められていたカットはそれほど面白くない。やはり大勢いるグラビアアイドルの中のひとりという印象を拭えない。

しかし表紙のカットは実に面白い。思わず足を止め、見入ってしまったほどだ。

美人ではあるが、さほど個性的ではない田中ゆみの表紙グラビアが面白かった理由。

それはこの雑誌がバイク雑誌であるからだ。

ミスターバイクの10月号を見かけたならば、ぜひ表紙に注目して欲しい。

そこは不思議な空間だ。

都心部で撮られたカットだろう。フレームの剥きだしになった通路が画面左上部にある高層ビルへと通じているのだが、これが画面に奥行きを作るのと同時に、漫画でいう集中線の役割を果たし、見る者の視線を誘導している。グラビアに動きを生んでいる。

画面中央に停車したバイクはハンドルを左上に向け、今にもビルへ向かって走り出しそうだ。田中ゆみはそのバイクのシートに半分ほど腰をのせ、上体を少し反らし気味にして立ち、少し緊張した面持ちでこちらを見ている。

そのタイトなミニスカートからすらりと伸びた彼女の足は、画面の左下で地面で接し、ちょうど画面の中央でバイクと人が『X』という字を描いている。

この構図はこの雑誌でなければ生まれない。主役が彼女だけではなく、バイクもまた主役であるバイク雑誌だからこそ、この人とモノとが等価であるカットは撮影されたのだ。

バイク雑誌というジャンルが必然的に抱える制約がプラスの方向に働いたわけだが、この何かと嫌われることの多い制約は、使い方によっては今回のように実に効果的に働く。

まだグラビア慣れしていない若手などは総じて所作が不自然で美しくない。指がだらしなく遊んでいたり、ポーズに拘泥するあまりリアリティを欠いていたりする。

そんな時、カメラマンは制約を使う。

彼女らをガチガチに拘束し、自由を奪ってしまうのだ。

例えば浜辺での仕事で、ぎこちない動きしかできない新人アイドルがいた場合、カメラマンはビーチボールなどの小道具を渡す。するととたんに彼女は自然な動きを取り戻すのだ。

しかし、これは遊びで彼女の緊張感を解きほぐしたのではない。

単純に、彼女にはビーチボールを持つこと以外の行動ができなくなっただけだ。

彼女は、自分という個性を奪われ、「ビーチボールを持つ女」というひとつの型に嵌められてしまったのだ。

拘束とは別に縄で縛るだけではない。それ以外の行動の自由を奪うことも充分に拘束と言えるのである。

個性を奪われた状態が自然(自由であること)に繋がるとは、矛盾した事実に思えるかもしれないが、それは違うと私は考えている。

個性とは一種の不自由であるからだ。

個性は不自由のひとつの形態でしかない。それは<個>という我執に囚われることに他ならないからだ。果たして自由とは<個>という狭い枠に拘束されることなのか。

自分の意識が本当に自分のものなのか。それは誰にも分からない。

意識が目に見えない、感じることのできない、曖昧なものだからだ。

その不安を解消してくれるのは身体性である。身体が個人という記号をつくる。身体という現実的な手触りだけがそれを保証してくれる。

その唯一の保証すら手放す。放棄する。

無明の闇に自らを捨て去る、この一見無謀な行為こそが、自我という最後にしてもっとも強固な檻を破る、わずかな可能性を得ることに繋がるのではないか。

バイクに身体を預けている彼女は実に不安そうに見える。

なぜなら彼女は倒れないために、手や背中で身体を支えなければならない。それ以外の行動をする自由は奪われている。

田中ゆみという一人のグラビアアイドルは消え、「バイクに身を預ける女」という定型に嵌められているのだ。

しかし、型に嵌まるということは、この世に無数にある、美しさのひとつの形に達するということでもある。そこには様式美が生まれる。

不敬を承知で言わせて貰えば、磔刑にあったキリストの姿には、ひとつの様式美があったと私は確信している。ある美しさの極地に達している。

身を捨てることで得られる自由。

サルトルは言った。

「ドイツ占領下にあったときほど、自由だったことはなかった」

サルトルはこうも言った。

「人間は自由へと呪われている」

もしかすると、身の自由を奪われた彼女こそがもっとも自由なのかもしれない。

○注意 冒頭のサルトルの言葉と、今回の私の意見とではかなりの差があることは承知のうえで、外形としての文言がよく似ていたので引用させていただいた。悪しからず。

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アイドル愚考録(3)

グラビアも見続ければ珍しいものが発見できる。

ヤングサンデー、8月30日号のグラビアは木口亜矢。

水着でのカットが大半を占める、青年誌のグラビアとして無難な構成ながら、目を引いたのはその水着がオレンジ色だったことだ。

オレンジというカラーは肌の色と相性がよくない。

各社共にオレンジ色の水着に凝ったデザインが多いのは、おそらくそのためであろう。

彼女はその高難度の、しかもシンプルな作りのオレンジ色の水着を見事に着こなしていた。

成功の一因は撮影場所にある。南の島というロケーションが彼女に合っていた。

照りつける太陽の陽射しが彼女の身体を輝かせ、オレンジ色をより際立たせていた。

また小道具としての極彩色の様々なフルーツや椰子の実が効果的に働いていた。

特にそれらの上に寝そべったカットは秀逸の一言に尽きる。彼女の柔らかな身体を視覚的に見せるよいアイディアだった。

その一枚の中で、もっとも柔軟に変形していたのが彼女の乳房や腕であったからだ。

硬度の違う様々な小道具を散りばめ、比較対象を作ったことで彼女の優れた肉体性が浮き彫りになっていた。

そう。彼女の魅力はその肉体性にあるのだ。ロケ地選びの成功はあくまで一因に過ぎない。

彼女は肉感的なのに媚びがない。実におおらかで健康的だ。

奔放な肉体を強く意識させるが、それでいて猥らな雰囲気はまるでない。天然の明るさがある。

こんな肉体性を持つグラビアアイドルは珍しい。

少なくとも現実の世界では私は知らない。

芸術や文芸であれば多少は思いつくが、これもあくまで重なる部分があるという程度だ。

例えば画家ゴーガンがタヒチに求めた楽園のイメージだ。

南国の島に住む、奔放な身体を持った褐色の乙女たち。

また、文豪、坂口安吾の「白痴」「青鬼の褌を洗う女」に現われる、自らの肉体だけを拠りどころにする女たち。

それらが辛うじて彼女の一部を表現していると言える。

共通項は現在という一瞬だけを生きる女たちの姿だ。

彼女らの身体は過去も未来もなく、ただその瞬間だけを全力で生きている。予断も計算もそこにはない。

ただ己の肉体だけがそこにある。

8月30日号のヤングサンデーは、木口亜矢という稀有な肉体性の持ち主を我々に教えてくれた。

そして、それだけに『あやジャイロ』はないだろう、と嘆息せざるをえない。

巻頭グラビアの最後の写真。

彼女はそこで、横座りの姿勢で右足首を右手で掴み、背中越しに耳の辺りまで引っぱり上げた格好で、ファインダーに向かって微笑んでいた。

編集部ではそれを『あやジャイロ』と名付けていた。

恐らく少し前に日本でも流行したハリウッドヨーガ、ホットヨガの類いから見付けてきたポーズなのだろう。

ハタヨーガではないと思うのだが、門外漢の私には正しい判断がつかない。

とにかくそれは、柔軟性に秀でた彼女にもかなりの無理を強くポーズらしく、微笑を湛えているはずの彼女の顔が強張っているのがよく分かる。

そこには先程までの肉体の純粋さがない。

体勢保持に意識が向かったため、笑顔が硬質化してまるでプラスチックの面を付けているようだ。

島の娘の自然な笑みではなく、カメラマンに笑顔を要求されたグラビアアイドルに戻ってしまっている。

これが『亜矢ジャイロ』ではなく、シャヴァ・アーサナのポーズであればよかったのに、と痛切に思う。

シャヴァとは屍(しかばね)、死体が硬直しきる前の状態をさす。

完全に脱力し、まるで死体のように床に身体を横たえるこの体位であれば、肉体という生の時間から、死という永遠への時間への推移を象徴できた。

彼女のグラビアの掉尾を飾るに相応しかったのではないか。

彼女の肉体は健康的な食慾を呼び覚ます。爽やかな肉慾を感じさせる。

もしかするとこの先、彼女自身がその肉体に溺れ、透明で清澄なセックスアピールを持て余すことがでてくるかもしれない。

まだ若い彼女が制御するには、難しい程のエネルギーを秘めているからだ。

しかし乗りこなすことができたならば、彼女は化けるに違いない。そして、その可能性は大いに有る。

彼女の特技は乗馬(5級)である。

じゃじゃ馬を馴らすのはお手の物だろう。

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アイドル愚考録(2)

  『マチ組』『ヤマ組』という言葉がある。
 
 これはカメラマンが撮影場所を考えるときにまっさきに脳裏に浮かぶことで、ようするに被写体となるモデルたちを大雑把に二つに分ける分類法のことだ。

 モデルには都市や雑踏など人工的にデザインされた空間で映えるタイプと、山や海、緑溢れる森や草原などのナチュラルな世界で輝くタイプの二つがある。その境界線は曖昧で、カメラマンの趣味や芸術信条などで変わってくるが、この区分は絶対である。必ずどちらかに振り分けられる。
 
 そのどちらも満たすタイプは存在しない。もし存在するならば、それはただ両方のグループからはじき出された落伍者に過ぎない。
 
 そして、9月6日号の週刊ヤングジャンプの表紙と巻頭グラビアを飾った沢尻エリカこそが、現段階における『マチ組』のトップだ。

 彼女は都会でこそ輝く。夏の強い陽射しは、彼女の肌を焼く、無粋な侵略者である。彼女の太陽はスタジオのライトで、夜の星は高層ビルから漏れる照明だ。自然物は彼女にそぐわない。

 ヤングジャンプのグラビアはそういう意味でかなりよかった。彼女の持つノーブルな雰囲気とホテルや街の背景がよく融和していて、飽かずに眺められた。
 
 中でも特筆すべきは庭園でのカットだ。画面右に岩場を配し、左には青い空で開放感を出し、中央の緑色の芝生のうえでは、踊るように彼女がターンを決めている。ボリュームのあるスカートは風をはらんでふわりと舞い、流れた髪が柔らかなウェーブを描く。まるでよくできた西洋絵画を見るようだった。

 この『庭園』というのが憎らしい演出だ。緑溢れる景観でありながら、実はもっとも自然と離れているのがこの庭園という存在だからだ。

 庭園に存在を許されるのは個人の好みにより選別された木々や花だけである。人によって計算され、演出された大自然。切り取り、刈り込み、時には殺し、美意識という名前の傲慢さで自然を歪めてできたのがこの『庭園』である。

 その、人のエゴの集合体ともいえる庭園で、まるでフェアリーのように無邪気に踊れるのは、沢尻エリカを措いて他にはない。そう断言できる。

 また、青年誌には欠かせない、水着のカットを入れなかった英断も褒めるべきだ。水着は身体のシルエットが美しいか、もしくはメリハリの効いたスタイルの持ち主でないと面白くないが、彼女はそのどちらにも属していない。

 彼女の良さはすべて彼女の抜きん出た存在感を核としている。その圧倒的な存在感は空間を歪め、彼女の存在する世界をいとも容易く非日常の異世界へと変えてしまう。

 そんな虚飾の世界で暮らす彼女には、露出の少ない衣装よりもゴテゴテと飾りつけたカラフルな衣装こそが相応しいのだ。

 老舗の熟練したケーキ職人が作る、クラシカルなケーキではなく、パリの若き俊英たちが競って作り上げた、最新鋭のデザインで作られたスィーツ。時として『食べ手』という大前提すら忘れ去り、プライドと冒険心が生み出した斬新で奇抜なオブジェ。

 それが彼女だ。

 目の廻るような、様々な色に抱かれているとき、彼女の輝きは美しさを増す。彼女は、初期のキリコ作品のような、抽象と理知の間で浮かんでいるべき非日常の存在なのだ。

 それゆえに巻頭グラビアの後半部と、真ん中辺りのグラビアは蛇足だったというほかはない。バスタブに張られた泡のお風呂に浸かっている彼女。そして普段のプライベートな姿を模倣したオフショット。

 これらのカットは彼女という女神から、その虚飾を剥ぎ取ってしまった。

 完成していたストーリー(幻想)に明らかな異物(現実)が入り込んでいる。

 ジャッキーチェンのNGシーンは彼の映画だからいいのであって、ファンタジー映画のエンドロールで同じ事をやってはいけない。積み上げてきた幻想が崩壊してしまう。もう少し配慮が欲しかった。

 確かにメリハリは大事だろうが、写真集とちがって、雑誌のグラビアはページ数が少ない。映画で言えば短編映画。小説ならばショートショートだ。僅かなページのなかで、何の前置きも理由もなく、登場人物たちが勝手にキャラクターを変更しては読者は混乱するばかりである。

 彼女たちの魅力のさまざまな側面を提示したいという熱意は分かるが、そのために彼女らの魅力を削ぐようなことがあっては断じてならないのだ。

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アイドル愚考録(1)

色気という言葉がある。
気はもともと「ほのかにたちのぼる蒸気」という意味。つまり色気とは、彼女もしくは彼から、ゆらゆらとたちのぼる、仄かな艶かしさのことをさす。

ところが昨今のグラビア業界を見回せば、どちらを向いても本来の意味からはかけ離れた、極限まで肌の露出を高め、無理やりに色気を作り出したような写真が実に多い。

正直、これはこれで嬉しくもあるのだが、似たようなポーズや衣装が増えるため、グラビアアイドルたちから個性を奪い、寿命を縮めることになりはしないかと心配になってくる。

ところで、この色気の大量生産が常態となりつつあるグラビア界で、逆に色気がないことでブレイクするかもしれないグラビアアイドルがいる、と言ったら信じられるだろうか。

その稀有なアイドルとは、磯山さやかである。

私は昔から彼女という存在が不思議でならなかった。顔は可愛いし、厚みのある唇も魅力的で、身体つきも小柄な割には十分にグラマラスである。ところがたちのぼってこないのだ。色気が。

愚考を重ねること数年、近頃、その理由がようやく分かった。

彼女はあまりに健康的すぎるのである。

色気を構成する重要な因子である、背徳感や倦怠感などの暗い部分が存在していないのだ。彼女には暗がりがない。つねに明るい太陽のイメージが付き纏う。それも南国の、肌を焼くような異国の太陽ではなく、ごく日常的な、夏休みの太陽だ。

写真集を購入するときの心理には、日常では体験できない、<異化>された空間を目の当たりにしたいという要求があるが、彼女にはそれを満たせるだけの力がなかった。それゆえ写真集の売り上げは、他のトップグループからは、かなり水をあけられていた。

しかし今、彼女に転機が訪れようとしている。

現在、磯山さやかは、野球好きのアイドルとして広く世に知られている。
野球が好きだというアイドルは数多くいるが、彼女は一味違う。高校野球でマネージャーをやっていたという彼女は、スコアブックがつけられるのだ。
この「スコアブックがつけられる」という実に明確で分かりやすいアピールポイントがあったお陰で、他のライバルよりも野球関係の番組やイベントに多く起用され、昨年にはヤクルトスワローズの公式女子マネージャーという大役まで見事に射止めてみせた。

好きだからであろう。野球関係の仕事で見かける彼女は、ふだんのグラビアやバラエティーよりも数段いい表情を浮かべている。うわべの笑いではなく、嬉しい、楽しいから笑う、という人間本来の笑顔だ。

そんな彼女の姿を見ている内、私はあるひとつの天啓を得た。

彼女の真の狙うべきターゲット層は中年層であったのだ。
彼女は、彼らの理想的な<娘>になれる可能性をもっていた。

かつての理想的な<娘>のイメージは、清楚で素直で優しい、例を出せば石原さとみのようなタイプの美少女であったが、すでに何年も前にその現実性を失っている。その後、やってきた理想の<娘>とは、小生意気な口を利き、何かと反発してくるが、ふとしたときに思わぬ愛らしさを見せるような──既に懐かしさすら伴う表現だが──ツンデレめいた少女である。

ここで磯山さやかの顔を思い浮かべて欲しい。柔らかい曲線で構成されながらも、実は少し意地の悪い顔をしている。ぽってりとした唇もどこか不機嫌そうである。この手の顔が、もっとも魅力的に映るのは少しむすっとした表情を浮かべているときなのである。彼女は、先に述べた理想の<娘>という条件に適った顔の持ち主だったのだ。

そして彼女を<娘>として捕らえなおすならば、彼女の色気のなさは逆にプラスに働く。<娘>にいちいち色気を感じていたら日常生活も覚束なくなる。可愛い、という程度に留めておくのが<娘>には相応しい。

が、無論、それだけで彼女が理想の<娘>となれると考えたわけではない。もうひとつ大きな理由がある。

それは彼女が、野球が好きだということだ。

これがサッカーでもゴルフでもいけない。サッカーは流行的すぎるし、ゴルフでは一緒に競技ができてしまう。つまり勝ち負けが生じる。たとえ親子関係であっても、面子というものが絡むと、男はとたんに冷静さを失ってしまう生き物なのである。だから、中年男性が<娘>と観戦するにもっとも相応しいスポーツは、現在もメジャーでありながらノスタルジーを感じさせる競技、すなわち野球なのだ。

彼女にはぜひとも野球場での撮影を望む。客足のまばらな、呑気さと開放感のある昼間の試合から、スタンドを熱狂する観客が埋め尽くしたナイトゲームまで。そこでメガホンを振り上げる彼女の姿が私は見たい。きっといい写真が撮れるはずだ。

そして、これは私の推測だが、その写真には、かなりの確立で写るはずである。そう。なかったはずの色気が。

彼女を<娘>として捕らえなおす。ただそれだけの行為が、この見る側の単なる意識の組みなおしが、彼女に色気を生じさせる。いや、生じさせてしまう。

本来、色気、色香などというものは、自発的に生み出されるものではなく、受け取る側がそこに勝手に見出すものであった。それは対象となる人物の何気ない日常のひとこま──たとえば髪を梳かす素振り、タバコを咥える仕草──からである。我々はどうしてそこに色気を感じるのか。それは脳が不意打ちに弱いからだ。水着姿の女性が挑発的なポーズをしている写真よりも、日常と繋がっている行動から感じた色っぽさの方が、受け手がノーガードで緩んでいた分、強烈な衝撃となり、それだけくっきりと心に焼きつく。

磯山さやかは普段通りの振る舞いをしているだけで、いや普段通りの行動だからこそ、受け取り手は勝手にそこに仄かな色気を感じる。そして擬似ではあるが<娘>にこんな感情を抱くとは、と奇妙な背徳感に囚われ、その後ろめたさが逆にスパイスとなって彼女の魅力を勝手に高めていく。

どこか、このコンセプトできちんとした写真集を出してくれないものだろうか。磯山さやかはそれをきっかけに一気にブレイクする。私はそう確信しているのだが。

それにしても、出そうとすると消え、隠そうとすると生じる。まったく色気とは難しいものである。

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2007年9月 9日 (日)

NO.1 速水奨

私は声フェチである。

故に好きな声優は両手両足の指でもたりない程だ。

しかし、自信をもって「大好きだ」と

言える方は三人だけだ。

その中のお一人が速水奨氏である。

彼の人の声こそ、正に美声と言うに相応しい。

昔ラジオで「尾テイ骨に響く声」と評されたが、

まさしくその通りだろう。

彼の人の(※1)腐女子(ふじょし)的代表作と言えば、

 

絶愛/南条晃司

炎の蜃気楼/直江信綱

闇の末裔/邑輝一貴

 

等。

最近ではBLEACHの藍染惣右介がある。

以上、あげたキャラだけ見をみると、

非常に特異なキャラクターばかりを

演じているように思われる。

まあ、意図してそのようなキャラばかりをあげた訳だが。

他にも「叫び声は変型しそう」と言われる程に

ロボット系も演じている。

基本、『美形かロボット』の方である。

が、最近心境地も開拓された。

なんと『バーコード禿げ』なキャラクター、

銀魂/神楽のパピーだ。

これはかつての南国少年パプワくん/マジックや

無責任艦長タイラー/ヤマモト以上の衝撃だ。

私は、次回予告でナレーションがこの声で入った時、

テレビ画面の前で『声にならない悲鳴』をあけたのだった。

 

ああ、今夜はF1イタリアGPですね。

マッサには頑張ってほしいのですが…。

それでは今回はこのへんで。

次回は置鮎龍太郎氏を大いに語りたいと思います。

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BL

Boys Love の略。

つまり、男性の同性愛のことである。

ヲタク女子が生んだ言葉。

頭文字のBLをもじって

「ベーコンレタス」と言われる場合もある。

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腐女子

読んで字の如く。

おおまかにBL系好きな女子を指す。

標準装備に目と耳のフィルターがある。

男子二人組を見たらカップリング変換、

脳内アテレコor脳内ムービーは基本中の基本。

腐女子・腐人・き腐人・お超腐人 に分けられる。

|

2007年9月 8日 (土)

フィートウ

まずは謝ろう。本当に申し訳ない。

何の事かって?台風だよ、台風。

何でお前が台風の事で謝るのか、だって?

いや、色々全国に被害及ぼしてるしさ。

死者だって出てるし、一応謝っとかないと。

…だから何でお前が謝るのかって?

だって、台風が日本に来るのは俺のせいだし。

おいおい、そんな顔するなよ。マジだぜ。

…確かに、海流とか大陸性高気圧とかの影響はあるさ。

でも、台風が日本に来るのは、俺に会いに来てるからなんだ。

いいから聞けよ。

俺の爺さんの話だ。

俺の爺さんは戦争で赤道付近の南太平洋にいたんだ。

海軍で駆逐艦に乗ってたんだそうだ。

でもまあ、アメリカ海軍との激戦でやられてな。

艦は撃沈、爺さんは海に投げ出された。

それから何日も、爺さんは艦の破片に捕まって漂流した。

で、漂流して数日後、爺さんは信じられないものを見たんだ。

海の上に立っている、女の姿を。

それはそれは美しい女で、爺さんはたちまち恋に落ちた。

女のほうもすぐ爺さんに惚れたみたいだ。そう聞いた。

…いや、本当にその女が居たかなんて知らんよ。

爺さんの話さ。

幻覚?まあ、そうかもな。

で、女は爺さんを助けてやると言って来た。

ただし、条件がある。

条件って?自分との子供を作って欲しい、だそうだ。

…解った。でももうちょっと話を聞いてけよ、な?

ま、数十日飲まず食わずだったんだ。

爺さんに選択の余地なんか無いよな。

するとたちまち晴天の空が曇り、スコールが降り出した。

爺さんはそれで喉の渇きを潤した。

さらに、何故か次々と周りに魚が飛び跳ね始めた。

それを食って飢えをしのいだ。

いや、子供を作る話はしてくれなかった。

この話聞いたのは、俺がまだ子供の頃だったからな。

さすがにそんな話は出来なかったんだろうさ。

でも、その女とは海の上で何日か暮らしたそうだ。

漂流してから、日にちの勘定は出来なかったらしいけど。

まあとにかく、数日後。

女が突然別れを告げたそうだ。

爺さんはそのまま海の上で暮らしてもいいくらい女に惚れていた。

でも、ルールらしく、どうしても別れなければいけない。

突然のスコールが収まると女は消えていた。

暫らくして、アメリカ軍の艦船が近くを通りかかった。

爺さんは収容され、そのまま終戦を迎えた。

それからだ。

無事に復員したじいさんの元を、毎年のように訪れてくるんだ。

じいさんとあの女の子供が。

ま、分身、と言ったほうが良いのかもな。

カスリーン、アイオン、ジェーン…。

終戦から暫らくは結構洒落た名前も着いていたっけ。

そう、台風のことさ。

え?台風を生むその女の正体?

爺さんから何も聞いてないよ、そんなの。

でも、赤道付近は「台風が生まれる場所」って言うしなぁ。

それから、台風が来ると決まって爺さんは一人で出かけていく。

そして、台風が去る頃には帰ってくる。

毎回、びしょぬれで満足そうな顔してな。

やがて爺さんは死に、父さんが台風の中を出かけるようになった。

ところがその父さんが、1年前突然交通事故で亡くなった。知ってるだろ?

となると台風が次に目指してくるのは…そう、俺さ。

愛した男の孫の顔を見に、毎年彼女らはやってくるのさ。

…いや、それだけじゃない。

新たな台風の子供を生み出すため、その親を見つけるために。

…ふむ。

ま、信じなくてもいい。単なる与太話さ。

酒の肴くらいにはなっただろう?

うん。

で、俺が先日の台風の中、何処に出かけてたかって?

そりゃお前、秘密さ。

…フィートウちゃん、南国の香りがしたっけ。

可愛かったなぁ…。

*フィートウ
ミクロネシアの花の名前。台風9号のアジア名。

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脳内メイカー

俺はこの世界の主だ。

俺の世界は、この四畳半の部屋。

俺には、この世界だけあればいい。

…。

いや、この世界だけではダメだ。

俺には、命よりも大事なものある。

それが彼女だ。

分からず屋の親や心理ナンタラの先生には見えないが、俺には見える。

彼女は存在するのだ。彼女は俺の理想の女性だ。

身の回りの世話をしてくれる。料理を作ってくれる。

話し相手になってくれる。

想像するだけで好きな格好をさせられる。

そりゃあ…夜には色んな格好で色んな事もするさ。

でも彼女は何をしたって喜んでくれる。

俺がそう望んでいるから。そう妄想したから。

彼女の居るこの世界があれば、俺は生きていける。

そう思っていた。

だが、ある日から彼女の態度がよそよそしくなる。

俺には一切隠し事をしない彼女に、一体何があったのか。

思い切って尋ねると、彼女は言った。

「私は私のすべてをあなたに見せたわ」

「だから今度はあなたが私にすべてを見せて」

何と言うことだ。彼女が反抗した。この世界の主に。

俺は彼女を痛めつけた。死にそうなほど痛めつけても彼女は死なない。

俺がそう望むからだ。

だが、どんなに痛めつけても彼女の反抗的な態度は変わらない。

俺のすべてを見せろといっても、俺のすべては彼女自身じゃないか。

そんなことも解らないのか。俺の妄想から生まれたくせに。


ある日目覚めると、俺の世界から彼女が消えていた。

「あなたには愛想がつきました。出て行きます」とメモを残して。

彼女の消え去った世界。

俺の世界は無限に広がる荒野となった。

あてども無く荒野をさまよう俺。

彼女が居なければ、俺の存在する意味も無い。

彼女は俺のすべてだから。

俺のすべてを失った俺は、どうするべきか。

死だ。

俺はナイフを握り締め、手首を切り裂いた。

だが、俺は死ななかった。

何故だ?

俺の世界の主は、俺なのに、俺の意思で死ねないなんて。

…ああ、解った。

俺も誰かの妄想で作られた存在なんだ。

俺の妄想主が、俺の死ぬ事を望んでいないんだ。彼女と同じように。

畜生、何てことだ。

…おい、聞いてるか、妄想主。俺もお前に愛想が尽きた。

俺もお前の妄想から出て行ってやる!

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2007年9月 7日 (金)

Aさんのこと

 私の知り合いにAさんという人がいるのです。彼は小柄な方で、身長は150cmほどなのです。

 ある日、彼が会社にやってくるなり、「まいったよ!、ほら、これ!」。そう言って、下のほうを指差すのです。Aさんの指差すほうを見てみると、なんと!、AさんのYシャツにくっきりと口紅が付いているのです。その場所は、おへそよりちょっと下のあたり!。やばいです!。なにやら危険なかおりがします!。朝っぱらから不謹慎な!。

 Aさんが言うには、彼が電車に乗っていたとき、彼の前に座っていた女性(Aさんは立っていたそうです)が、あまりの揺れに女性が飛び出してAさんの下腹に顔が当たってしまったと…。

 つまり、事故だというのです。……本当でしょうか?。ちょっと怪しいものです。その日、一日中Aさんは、このネタでいじられていました。

そんなAさんを見ながら、私はいつかAさんを使って一本話を作りたいなぁと思うのです。

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探し物

◯片桐家 寝室

  いたるところに服やシーツなどが散乱している。

  ベッドのまわり、

  下などを何か探している京子(40)。

 
京子
「(立ち上がりながら)無いわねぇ…」

 
  ずれたメガネをなおす京子。

  京子、ハンドバッグをひっくり返し、

  中身をベッドの上にぶちまける。

  ベッドの上には財布や免許証、

  ハンドタオルなどが散乱する。

 
京子
「ここ?」

 
  バッグの中身を捜索するが

  目的のものは見つからない。

 
京子
「もしかしたらあそこかも…」

 
  京子、寝室を出て行く。

 

◯片桐家 洗面所

  洗面台を中心に探している京子。

 
京子
「(探しながら)あれがないと

 運転できないのよねぇ…」

 
  またずれたメガネをなおす京子。

  その後も、台所など家のいたるところを

  探し回る京子。

 

◯片桐家 居間

京子
「(ソファーに座り込みながら)おっかしいわねぇ、

 どこにいったのかしら…」

 
  天井を見上げて目を閉じる京子。

 
京子
「………」

 
  そのまましばらく動かない。

  玄関のドアが開く音がする。

  娘の理恵(15)が帰ってくる。

 
理恵「(居間に入って)ただいま、あれっ、

 お母さん、出かけるんじゃなかったの?」

京子「(理恵のほうを見ながら)おかえり…、

 そのつもりだったんだけど、

 あれが見つからなくて…」

理恵「あれって?」

京子「(真剣な表情で)ねぇ、

 お母さんのメガネ知らない?」

理恵「え…(絶句)」

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