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2008年2月

2008年2月28日 (木)

'08 F1 プレビュー

F1開幕まで2週間とちょっと。

オフシーズンテストも佳境を迎え、

おぼろげながらチームの戦力図が見えてまいりました。

そこで開幕を見据え、戦力評価をしてみましょう。

 

・*:..。o○☆*゚¨゚゚・*:..。o○☆*゚¨゚゚・*:..。o○☆*゚¨゚

 

フェラーリ 98pts

テストでは他を寄せ付けない圧倒的な速さを見せ、

死角が見当たらない跳ね馬。

強いてあげるなら、まず大きな体制変化があった事です。

不振に喘いでいた跳ね馬をトップチームへと引っ張り上げ、

長年チームを率いて来たジャン・トッドが現場から退きました。

しかし、それとても問題なるとは思えません。

それともうひとつがドライバー。

フェリペ・マッサはTCS無しのマシンに手こずっていますが、

それを補って余あるほどの速さを

キミ・ライコネンが見せています。

マッサとて開幕までにはアジャストして来るでしょう。

ドライバーズ & コンストラクターズタイトルの

最右翼と言えます。

 

マクラーレン 93pts

フェラーリ以外のチームとは一線を画す速さを誇っています。

ヘイキ・コヴァライネンもハミルトンと同程度の

スピードを持っており、フェラーリに対抗できそうなのは

このチームを置いて他には無いでしょう。

しかし、アロンソが抜けた穴は小さくありません。

スパイ疑惑の影響で開発を

凍結した箇所があった事もありますが、

開発力が落ちているのは見逃せない問題です。

それからロン・デニスの放出。

スパイ問題を引き起こしたとしてメルセデスは怒り心頭。

事実上の更迭となる模様です。

これでマクラーレンはメルセデス化が進むでしょう。

果たしてこれが吉と出るか凶と出るか。

何にしても、マクラーレンと云う

名門の名前が無くなるとしたら、

それはあまりに淋しいですね……。

 

ルノー 85pts

昨シーズンは低迷しましたが、

アロンソ復帰でトップチームへと返り咲ける事でしょう。

問題はアロンソを繋ぎ止めておけるかどうか。

アロンソは跳ね馬への恋慕を捨てきれず、

来シーズンにもその思いを成就させたいと思っております。

その想いを断ち切らせるような成績を

残す事が必須となってきますが果たして。

マシン自体は速さを取り戻しつつあります。

昨シーズンを捨ててまで今シーズンのマシンに

注力して来たおかげでしょう。

アロンソの復帰でチームのモチベーションも上がっています。

目標はフェラーリ・マクラーレンの2強を

切り崩せる存在になることです。

 

ウィリアムズ 84pts

かつての勢いを取り戻しつつあります。

マシンのスピードは申し分なく、

おもしろい存在となる事は間違いないでしょう。

中嶋一貴次第では2今日に対抗できる存在へと

成長を遂げるかもしれません。

個人的に今もっとも興味深いチームです。

 

BMWザウバー 83pts

新車の出来が芳しくありません。

現在は開発が進みスピードも出てきましたが、

シェイクダウン時の印象が悪いマシンは

大抵失敗に終わるものです。

ソリッドなチームだけに大きく外す事は無いでしょうが、

昨シーズンまでの勢いに翳りが出る可能性があります。

今シーズンも目標は優勝。

届くには少し高い目標かも知れません。

 

レッドブル82pts

テストでは絶好調のレッドブル。

ジェフ・ウィリスが加入し、天才エイドリアン・ニューウェイの

真価が発揮されようとしています。

プライベートチームでありながら、

2強を脅かす存在になれるかもしれません。

問題はドライバーズラインアップ。

優勝を目指すにはもの足りません。

それを補えるだけのマシンを開発できるか。

ルノー、ウィリアムズ、BMW、レッドブル。

このセカンドグループの力はほぼ互角。

何処が抜け出してもおかしくありません。

今シーズンはこのセカンドグループの戦いが

見所になって来るでしょう。

 

トヨタ 75pts

セカンドグループに少し水を空けられてしまっているのが

トヨタ、ホンダの日本ワークス勢。

トヨタはポジティブな要素も無ければ

ネガティブな要素もありません。

マシンも速くもなく遅くもなくと、

まったくもって地味な存在となってしまっています。

恐らく今シーズンも期待できないでしょう。

 

ホンダ 70pts

ニューマシンの出来が芳しくありません。

今シーズンの苦戦も必死でしょうが、

ロス・ブラウン加入効果は著しく、

チームもドライバーも希望を持っています。

今シーズンも低迷するでしょうが、

レギュレーションが大きく変わる来シーズンは

大きく飛躍する事でしょう。

今シーズンの目標はセカンドグループへの返り咲き。

シーズンの終わりまでに、

ひょっとしたら達成できるかもしれません。

今シーズン、もっとも伸び代のあるチームです。

 

トロロッソ 65pts

コンコルド協定のあおりを受け

チームの存続すら危ぶまれたものの、

なんとか体制を整えてまいりました。

今シーズンはレッドブルと同じマシンが使えず、

昨シーズンのマシンをモディファイして戦わねばならない為

昨シーズン終盤のような活躍は難しいでしょう。

が、ドライバーズラインアップには希望が持てます。

苦戦はするでしょうが、そこそこ戦えるでしょう。

 

フォースインディア 60pts

ジョーダン→ミッドランド→スパイカーそして。

毎年のようにチーム名が変わって来たこのチームですが、

ようやく腰を据えて戦えるようになりそうです。

世界有数の大富豪、ビジェイ・マラヤから

潤沢な資金が投入される事になりました。

マイク・ガスコインも存分に腕を振るう事が出来るでしょう。

マイク・スミスも加入し、

戦えるマシンを作れるようになるでしょう。

ジャンカルロ・フィジケラが加入した事も大きいでしょう。

チームの開発力も大きく飛躍し、

低迷を続ける状態に終止符を打てるでしょう。

……来シーズンからは。

すでに今シーズンは昨シーズンのマシンを

モディファイして戦う事が決まっています。

今シーズンはトロロッソとのマッチアップとなるでしょう。

 

スーパーアグリ 20pts

はっきり言ってこのチームに期待できるものはありません。

望めるのは参戦を続ける事だけ。

戦えはしないでしょう。

唯一明るい材料と言えば

クラッシュテストをパスした事ぐらい。

今シーズン最後まで生き残れるかが問題です。

 

・*:..。o○☆*゚¨゚゚・*:..。o○☆*゚¨゚゚・*:..。o○☆*゚¨゚

 

今シーズンはフェラーリ旋風で開幕するでしょう。

しかしそれが最後まで続きはしないでしょう。

チーム間の実力は接近し、混沌とシーズンが期待されます。

最後に笑うのは誰か。

どのチームになるのか。

興味は尽きません。

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2008年2月26日 (火)

缶コーヒー

○ 大きな通り

   雑踏。

   歩道には多くの人がひっきりなしに通り、

   車道も車の往来が激しい。

会社員(中年)「あっ」

   歩道の会社員が自動販売機のボタンを押

   すと同時に声をあげた。

   取り出し口から缶コーヒー2個を取り出

   す。

会社員(失敗したなぁ)

   通りすがりの若いカップルがそれを見る。

若い男「連打して2個買ってる(クスクス)」

   会社員、小走りで十数メートルほど離れ

   たある場所へいく。

   その場所のガードレールの支柱にささや

   かな花束と線香が供えられている。

   会社員、そこに缶コーヒーを置く。

会社員「わりぃ、砂糖入りの買っちゃった」

   そう言ってもう一つを開けると、乾杯の

   ジェスチャーをして飲む。

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2008年2月25日 (月)

谷桃子を信じる理由 ( アイドル愚考録 )

 先週に引き続き、谷桃子への考察を続けてみたい。これは個人的な要求に基づくものである。

 実は先日、前回のコラムを読んだ知人から、果たして本当に今年が彼女の年になるのか、という挑発じみた疑問を投げかけられた。

 自説に、というよりは谷桃子の能力に全幅の信頼を寄せていた私は、当然、その申し出に対して少なからぬ反発を覚えたが、実は彼のような認識こそが世の人の一般認識なのではないか、と気がついた。

 そして、もしもそうであるならば、彼ひとりを諭してみても空しい独りよがりでしかない。ならばこの場を借り、彼女への相応な評価を世間から引き出そう。そう考えたのである。

 さて、私が彼女の活躍を疑わないのは、彼女の身体の持つ不思議さを信じているからに他ならない。

 私がそれに気付いたのは、去年のあるグラビアを見たときである。

 彼女はそのグラビアで、サンタクロースのコスプレや、トナカイの着ぐるみ等でユーモラスな動作をし、こちらを笑わせていたのだが、そのなかに通常は両立しないはずの感情、エロスが映り込んでいた。

 通常、青年誌の特集グラビアでは5枚から6枚程のカットで、幾つかの感情( 笑いや感傷、そしてエロス )を混合させようとする。それは様々な感情を混合させることで、グラビアにメリハリを付けるためである。

 その際のやり方は極めて即物的である。

 単純に異なった感情のカットをページ別に配置するだけで、言わば、56枚で構成された物語のなかで、それらが混合されているように見せかけているに過ぎない。

 ところが、彼女は違う。

 彼女のグラビアにおいては、驚くべきことに、それらの性格が一枚のなかに境目なく溶け合っているのである。

 谷桃子が凄いのは、身体の中にふたつ以上の感情を宿していることだ。

 ここで宿している、と使っているのは文字通りの意味である。

 つまり外側からは見えにくいのである。

 「笑いの部分」と「エロスの部分」と溶け合っているため、見えないのだ。それはつまり意識的に捕らえることが難しい、騙し絵をイメージすると分かりやすいかもしれない。

 有名な騙し絵のひとつに、一見すると美女が後方を振り返っているように見えるが、またそれは疲れた老婆の横顔にも見える、というものがある。谷桃子のグラビアはそれと似ている。

 美女を見ると老婆が消え、老婆を見ると美女が消える。

 脳がどちらかを認識してしまうと、もう一方の風景が消える。両方を同時に成り立たせることはできない。

 谷桃子の喜劇的な振る舞いに笑っていたはずなのに、いつのまにか欲望を感じている自分に気付いて驚く。そんなことが彼女のグラビアには多い。

 その感情の移行があまりにスムーズで、スイッチが切り替わるようではないので、意識化するのが非常に難しいのだ。

 ところで、先程『 「笑いの部分」と「エロス」が 溶け合っている 』と書いたが、それは表面上だけ、上辺だけの話である。

 実は、谷桃子の身体の中では、「笑い」と「エロス」が溶け合わず、それぞれが自由で確立されているのではないか。

 ひとつの運動体のなかで、垂直に向かう力と真横に向かう力が起きると、45度の斜め上方に向かう力が合成される。これは表面的には斜め45度の力として表現されるのだが、実は別々の力を溶け合わせずに動かした結果、たまたま重ねあって生じた力である。

 また、古武術研究家の甲野義紀氏は、己の玄妙な動作の秘密のひとつとして、「体の中で、ふたつ以上の力を溶け合わせることなく、別々の力として扱うことでより大きな力として発揮できる」と語っている。

 彼女の身体の不思議さも、この力学的な法則によるものではないか。

 矛盾したものを矛盾したまま扱うことで、彼女のグラビアの魅力は成り立っている。

 無論、立証はできないが、それでも私にはこの説にちょっとした自信を持っている。ご賛同いただければ幸いである。

 さて、もしもこの説が正しいとするならば、私たちは思い出さなくてはならないことがある。

 グラビアを眺める、我々のものではない視線、つまり撮影者の視線である。

 上記の説に添って考えるならば、ファインダー越しに眺める彼女の姿もまた多義的でなければならない。

 グラビア撮影は通常、撮影者のイメージ、コンセプトに添って進行するものだから、ここに撮影者の意図しない感情が映り込むのは好ましくない。

 彼女の中に潜む、プリズムのような感情の乱反射に迷うことなく立ち向かえるのか。

 それとも、あえなくのまれて混乱した感情が無秩序に散らばる、まるでキメラのようなモンスターを撮ってしまうのか。

 しかし、この感情の多義性を制した時、そこには世のあるがままの混沌を、形式的に切り取るという、離れ業が可能になるのだ。

 カメラマンにとって、これは心の躍る挑戦になる。

 しかし、この難しさに気付くのは、相当に感覚の感度の磨かれた、一流のカメラマンだけであろう。

 むしろデビューしたてのカメラマンにとっては事情は反転するはずだ。

 彼女の身体は多義的なため、グラビアにはかならず何らかの感情が映る。

 笑い。エロス。感傷。深刻さ。

 つまり、感度の鈍い、技量のないカメラマンにも、そこそこの写真が撮れてしまうのである。

 『 撮れる 』ではなく、『 撮れてしまう 』のだ。

 意図して強調した感情だけでなく、余分な感情までが基準値以上の強さで映りこんでいることに気がつかない。それどころかその余剰な感情の放出からくる統一感のなさを、魅力とすら勘違いしてしまう。そんな事態すらありうる。

 すると、彼らにとって谷桃子というアイドルは、撮影が簡単で面白みがなく、自らを高めるための踏み台、基本となる練習にしか過ぎない、という過信がうまれることになる。

 しかし、もしも彼がそこに留まらず、足を運び続けるならば、やがてレンズ越しの彼女が違ったものに感じられてくることだろう。

 突然、目の前の視界が晴れ、馴れたはずのハイキングコースの先に、はるかに聳える巨大な山の全容が見えたようなものだ。

 また、これは一流と呼ばれる人たちが、そのなかに精妙なシステムのあることに気付き、基本に還っていくという、全ての芸事に通じる真理でもある。基本とは、芸事の深奥に達した先達が、後輩の指導のために苦心して無駄をそぎ落とした、真理の中の真理であるからだ。

 基本のなかに、全ての到達点があるといっても過言ではない。

 谷桃子はグラビアのカメラマンにとって、自らの段階を試す絶好の試金石となるのである。

 市場のニーズからグラビアでの登場回数が増えるのは確かだが、現場から上がる声も無視は出来ない。

 谷桃子の抗うことのかなわぬそのパワーは、『 見たい我々 』と『 撮りたい彼ら 』という二つの要求が、溶け合うことなく別々の力として働くことで生まれているのである。

 これが、私の谷桃子の活躍を信じる理由である。

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2008年2月24日 (日)

NO16・BL食物ピラミッド

そもそもBL食物ピラミットとは?

理科等で出てきた食物ピラミットを思い出して欲しい。

だがこの世界ではあくまで『連鎖』はしていない。

まあ、平たく言えば上が攻め役の声優。下が受け役の声優と言う事だ。

ちなみに、中間辺りの事はリバ声優と呼んでおこう。

(本来同人業界でリバーシブル、略して『リバ』とは、

同じカップリングで受け攻めが変わる事を言うが、

ここでは受け攻め両方当てる声優の事を指す)

私は声フェチである。その歴史はすでに半生以上になる。

そうなると、今と昔のBL声優業界の移り変わりが良く分かるのものだ。

昔は今ほど女子人気がある声優というのは少なかった。

始めて聴いたBL系CDのが絆、次に炎の蜃気楼を聴いた。

絆などは今や懐かしいのカセットテープなのだから、

その歴史がうかがえるのではないだろうか。

今現在は、女子人気が高い男性声優さんが多く

攻めは攻め、受けは受けはでハッキリと分かれている。

逆に、昔は攻めを良く当てていた声優さんも、

今では受けを当てているのだ。

聴いた事はないのだが、井上和彦さんや森川智之さんが受けをやると知った時には

かなりのカルチャーショックだった・・・。

井上さんや森川さんなどは私世代からしたら、

ピラミッドの頂点な方々なのに、

よもや降る事になろうとは。

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2008年2月19日 (火)

マリー・アントワネットの時計  ―または、ある時計蒐集家の手紙

 この手紙は、長い間空き家となっていたとある旧家の、書斎の隠し戸棚に、古い懐中時計とともに納められていたものである。

 以下にその全文を掲載する。


『 私は時計の蒐集を生き甲斐としておりました。

 この時計は、私がこれまで所蔵してきた数多くの時計の中にあって、最も大切に思っているものです。

 これは天才時計師アブラアン・ルイ・ブレゲが、フランス王妃マリー・アントワネットに依頼されて作った「BREGUET(ブレゲ)№179」の完全な複製です。

 時計史において最もその発展に寄与した人物を一人あげろと言われれば、誰もがブレゲの名を口にするでしょう。

 ブレゲは1747年1月10日、スイス・ヌーシャテル地方の生まれです。

 この地方の住民が皆プロテスタントであったことと、ブレゲ家が何世代にも渡って牧師を輩出してきたことから、赤子にはごく自然に、旧約聖書からとった〝アブラアン〟という名前がつけられました。

 ブレゲ家は比較的裕福で、アブラアンは恵まれた環境の下、なに不自由ない少年期を過ごします。

 しかし、彼が11歳のとき、突然の不幸が一家を襲います。

 父親が39歳の若さで急死してしまったのです。

 アブラアンを含め、5人の子供を抱えた母親マリーは、子供たちに新たな家庭が必要だと感じ、夫の従兄弟にあたる29歳のタッテと再婚します。

 この新しい父親の職業が時計師でした。

 1762年に15歳で学校を退学し、時計職人になる修行を始めたブレゲは、まもなく義父の知人で、フランスはヴェルサイユに工房を構える時計師の下に奉公に出ます。

 1775年、ブレゲは独立し、自らの工房を構えます。

 それからの十数年で技術面、美観面の両面において数々の画期的な発明、革新を行った彼は、やがて王室御用達の宮廷時計師となります。

 その顧客リストには国王ルイ16世、王妃マリー・アントワネットのほか、ラ・ロシュフーコー、ノワイユ、モンテスキューといったフランスの名士たちも名を連ねていたといいます。

 その後もブレゲは次々と革新的な仕事をやってのけます。

 が、それとは対照的に、パリの情勢は徐々に抜き差しのならないものへと変わっていきます。

 1789年7月14日のバスティーユ牢獄の襲撃を契機とするフランス革命です。

 革命の火は、王政や封建制度といった当時の社会体制に不満を持つ人々の手によって各地に飛び火し、その進展とともにブレゲの上顧客であった宮廷の王族たちは、立場的にも金銭的にも追い詰められていきました。

 その影響で時計の代金の回収が困難になったこともあり、ブレゲの会社の財政は逼迫。

 ついに長年の経堂経営者であったジイドと意見が対立してしまいます。

 絶えず新作に力を注ぎ、量産に力を注ぐことを良しとしないブレゲと、会社の財政面での健全化を求めるジイドとの間にできた溝は深く、結果として二人は袂を分かってしまうのです。

 一人になったブレゲは、外国の王室への販売を一層強化するようになります。

 かねてより取引のあったイギリス王室をはじめ、プロイセンの王フリードリッヒ・ヴィルヘルム2世、そしてマドリッドに住んでいた知人の協力によりスペインへ市場をも主要な供給先の一つとすることに成功しました。

 ブレゲが国外の顧客との関係を地道に築きつつあったとき、思いもよらぬ人物から注文が来ます。

 それは1792年8月13日以来、革命軍によってタンプル塔に幽閉されていたマリー・アントワネットでした。

 捕らわれの身である彼女は、王宮略奪の際に失った愛用の高価な時計の代わりに、できるだけ安価な時計を作って欲しいとブレゲに依頼しました。

 ブレゲはその依頼に応え、「№179」を製作します。

 それはいたってシンプルな外観に、暗い塔の中でも時間がわかるよう音で時刻を知らせるリピーター機能を備えた懐中時計でした。

 時計は、彼女が死の直前にこれを、後にシャルル十世となるアルトワ伯爵に譲るまで、その手の中で時を刻んでいたといいます。

 ブレゲの独創性へのあくなき追求を物語るエピソードの一つとして、彼が死ぬまでに一つとして同じ時計を作らなかったことがあげられます。

 しかし、これが真実でないことを私は知っています。

 彼は生涯でたった一度だけ同じ時計を作りました。

 それがこの二つ目の「№179」です。

 二つの時計は、彼女がそれを手放すまで、両者の手の中で同じ時を刻み続けました。

 私は他のどんな時計よりもこの時計を愛します。

 この時計の新たな持ち主が、もしも私と同じ気持ちであってくれたなら、これ以上の幸せはありません。 』

<参考資料> エマニュエル・ブレゲ 著 / 菅原 茂 訳 『 ブレゲ 天才時計師の生涯と遺産 』

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2008年2月18日 (月)

宣言 ( アイドル愚考録 )

 私は確信した。

 『 今年のグラビアを引っぱるのは谷桃子である 』

 この言葉を自信を持って言えるのは、先週号のヤングジャンプでの彼女のグラビアが、素晴らしいものだったからだ。

 純粋に賛美の言葉しか出てこない。

 雪国での撮影なのだが、通常のケースであれば、十中八九『 雪 』の持つ純粋さ、儚さを効果的に使うために叙情溢れる作品になることが多い。しかし、今回の撮影ではそれらを抑え、寧ろ叙情とのミスマッチを意図的に狙う、実験的な試みがなされていた。

 彼女は真っ白な雪の中を、水着姿で歩き回っているのだ。

 それは、雪国の日常とはまるで乖離した、非日常の光景である。

 ここで思わず「巧い」と唸らされたのは、彼女が部分的にマフラーや毛糸のキャップなどの防寒具を着けていることだ。これが、見る者の意識が非日常へ飛躍することを拒む、繋留策の役目を果たしている。あくまでこの光景がファンタジーではなく、現実の延長線上にある光景だと主張する、小さなサインとなっているのだ。

 先程、『 叙情性を排した 』と述べた。しかし僅かなカットではあるが、本来の詩情に満ちた雪のなかでのグラビアも挿入されている。

 私はこの選択を正解だと思っている。雪とのミスマッチだけで構成してしまうと、そこに撮影側のエゴまでが透けて写ってしまうからだ。

 鼻息が荒いのは結構だが、権威に咬みつくだけで自己を主張してしまうと、結局、相手のネームバリューに依存する破目に陥る。バランスが肝心なのだ。

 それに、この情感溢れる数枚のカットがまたすばらしかった。

 温かな湯につかり、白い肌を艶っぽく上気させた谷桃子。

 雪原に横たわって静かに目を閉じた、聖女のような谷桃子。

 特に素晴らしかったのが、青く高い空を見上げ、はるか遠くの誰かに思いを馳せているような彼女のグラビアだ。

 僅かに開いた唇からは、写真上には写っていないが、確かに立ちのぼる彼女の白く温かな呼気が感じられる。

 雪の中にも関わらず、人間の温もりが肌越しに伝わってくる、すばらしい作品だ。撮影側の判断しだいで、これが見られなかったと思うと、途端に背筋が寒くなる。

 以上、述べてきたように今回のヤングジャンプは素晴らしかった。もしかすると彼女の、グラビアアイドルとしての代表作となるかもしれない。

 だが、彼女なら私のそんな確信を打ち砕く、今回の作品を単なるステップだったと思わせるような、感動的なグラビアを披露してくれるに違いない。

 その日を心待ちにしつつ、それまではこのヤングジャンプを眺めていようと思う。

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2008年2月17日 (日)

NO15・近年の声優事情(2月17日改稿)

私は声フェチである。

その歴史はすでに半生以上になる。

最近のアニメで多いいのが、『芸能人の起用』である。

天下のS●APも声優未経験者はいない。

最初に言っておく。私は『どちらでも〜』派だ。

そういっていられるのも、

今までに一度も好きなキャラに芸能人が起用された事がないからだ。

洋画の吹き替えは今までにも多くあったし、

ディズニーアニメや宮崎アニメも俳優さんの起用が多い。

何故このような事を思ったかというと、

金曜ロードショウでデスノートでの中村獅童氏を聞いてしまったからだ。

ハッキリ言って上手い。

いや、上手く『成った』のだ。

ONE PIECE映画史上最高の迷作と(私の身内では)呼ばれている

『呪われた聖剣』とは見違える(聞き違える?)ほどの上達ぶりだ。

やはり同じ芸能人であっても、

歌手や舞台が主な俳優さんの方が上手い様に思われる。

『獣王星』では小栗旬氏より堂本光一氏の方が早く慣れた。

まあ、あくまで「私は」だが。

結局は何が言いたいかというと。

「今下手な声優としては新人な演者さんでも、上手くなってくるし。

そのうち慣れてくるから、

そんなに目くじら立てなくてもイイんじゃね?」という事だ。

今どんなに上手い方でも新人時代は何ともいえぬ感じなのだから。

私の最愛の速水さんしかり、置鮎さんしかり。

今はテニミュ俳優が起用される事もあるのだし、

某アイドル事務所のように、将来ビックになる新人を見つけてみてはどうだろう?

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NO14・銀魂声優陣(2月17日改稿)

私は声フェチである。

その歴史はすでに半生以上になる。

私にとって出演声優はアニメを見る上で大事な要素である。

その点、ジャンプアニメは事前にキャスト発表があるので有難い。

銀魂のアニメ化の時も、メインの万事屋と真選組はほぼ知っている方々だった。

イメージと合っているかは別として、だが。

真選組の主な三人は以下の通りだ。

近藤/千葉進歩氏ヒカルの碁の藤原佐為。知った時は「大丈夫か?!」と思ってしまった。

イロイロな意味で(佐為ファンとか千葉さんファンとか…)

土方/中井和哉氏・以前にも述べたように、

まったくもって予想通りのキャスティング

沖田/鈴村健一氏・ガンダム種デスで最終的には主役から降格された

近年希にみる悲劇な運命のキャラ、シン・アスカ。

その扱いがあまりにもだったので、沖田キャスティングは

サンライズの罪ほろぼしか?と思ってしまう。

他にも新八役や神楽役の声優さん達も「名前=声」が分かっていた。

なのにだ!肝心の主役、銀時役の声優が分からなかったのだ!!

なんたる失態、なんたる屈辱o(>_<)o

申し訳ありませんでした杉田智和さんm(_ _)m

振り返ればアンジェリークのフランシスだったのだが…。

とっさに気付く事がでず、どうにも銀さんとフランシスが

イコールで繋げられなかったのだ。

杉田さんは今は凉宮ハルヒのキョンでもお馴染だろう。

PCの恋愛アドベンチャーゲーム「クローバーの国のアリス」では、

ナイトメアを演じており。

共演に中井さん(ナイトメアの部下でトカゲという役)がいるのも注目だ。

(この二人は今後セットになる確率高し!である)BLEACHの時も

こんなんだったなぁ〜、と思いかえし。

(一護以下数名が分からず、死神陣はほぼ知っていた)

最近のジャンプアニメは主人公チームの声優が分からない事が悲しい限りです。

まだまだ修行が足らんな!と、懐かし格ゲーの台詞が頭をよぎった細乃なのでした。

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2008年2月12日 (火)

日課

○ マンション・寝室(夜)

   女、ベッドに入り、ベッドサイドのスタ

   ンドの明かりで本を読んでいる。

   横にはもうひとつベッドがあるが、使

   われている形跡は無い。

   スタンドの横の写真立てに女とその夫の

   結婚式の写真がある。

   欠伸をひとつした女はスタンドを消して

   寝ようとする。

   が、ふと思い出し、もう一度明かりをつ

   けると、ケイタイを掛ける。


○ 男の部屋(同刻・朝)

T「ロサンゼルス」

   ベッドサイドの電話が鳴る。

   寝ていた男(夫)、起きて電話に出る。

男「おやすみ」


○ 再びマンション・寝室

女「おはよう」

   安らいだ気持ちになった女、明かりを消

   し、就寝する。

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2008年2月11日 (月)

演出論 ( アイドル愚考録 )

 人の目を惹く為のテクニックとして、派手な飾りつけで半ば強引に注目を集めるというものがある。

 しかし、これは一歩間違えると、ゴテゴテとして悪趣味な印象を与えかねない。にわか成金の、著しく知性を欠いた豪邸や家具などを見た時の感情を考えれば、そのマイナスイメージの大きさを感じ取ることができよう。

 これを仮に『 デコレート型 』と呼ぶ。

 また、一方では逆に人目を遠ざけることで衆目を集める方法も存在する。

 世阿弥の『 風姿花伝 』を紐解くまでもなく、日本人の、否、人間の隠されているモノへの異常な関心の高まりは、誰もが一度は体験したことがある、馴染みぶかい心理だろう。

 敢えて視線を封じることで、内側に隠されたものへの興味を駆り立てる。そういったテクニックのことを、仮に『 カーテン型 』と称する。

 今回は、これらのテクニックを駆使し、見事な成功を収めたふたつのグラビアを紹介したい。

 まず最初はデコレート型を取り上げる。本日発売のヤングマガジンの表紙、時東あみがそれである。

 この表紙を見て、最初に私が驚いたのはその腰の美しさだった。

 これほどの完成度を持った腰は久しぶりだったからだ。

 細すぎず、太過ぎず。まさにジャストサイズの腰だ。筋肉の上にうっすらと適度な脂肪だけを纏ったそのウエストの美しさは、ミロのヴィーナスを彷彿とさせる。

 そして、その美しさを何倍にも引き立てていたのが、そのピンク色の水着であった。

 表紙を目にした瞬間、私にはこのピンク色の上下の水着が、彼女のウエストを強調するための、括弧記号のように感得された。

 腰への視線の集中を妨げぬよう、露出自体は抑えたデザインだが、人目を惹きやすいピンク色の水着で強調したいウエストを挟み込む。実際、私の目は何より先ず腰に行き着き、それから彼女が時東あみであることに気付いたほどだ。このテクニックがいかに効果的であるかを、再認識した瞬間であった。

 まさに細部まで意識の届いた、熟練工の仕事である。

 適宜な飾りつけで中身を引き立てる、このグラビアこそデコレート型の本来の形であり、最高峰である。

 次に、カーテン型のグラビアとして私があげるのは、文藝春秋の店頭ポスターである。

 そこには、芥川賞を受賞して今、文学界で最も旬な女性作家のひとりである川上未映子が写っている。

 弱弱しい光源で照らされた廊下。彼女は壁に背をあずけ、膝を抱えるようにして腰を下ろしている。どこか病的なイメージが漂う、不安を覚える一枚だ。

 ところで、彼女の受賞会見をテレビで見たが、彼女は女性にしてはかなり背が高い。細身であるという視覚的効果も加わってだろうが、そういう印象を強く受けた。

 しかし今回の一枚では、彼女は画面の下半分に隠れるように、窮屈そうに身体を折ってしゃがみ込んでいる。

 彼女自慢の美脚は、無残に折りたたまれ、せっかくの長さをその無理な姿勢によって、強引に断ち切られている。

 だが、この一見するとデメリットしかないような画面構成こそ、今回に関しては、彼女の魅力を最大限に発揮するための適切な処置であったのだ。

 キーワードは『 想像力 』である。

 よく、人間の想像力は、宇宙より広大である、というような趣旨の言葉を耳にするが、私の発言はその手の妄言の類とは違う。猿とまな板を比べるような、無意味で価値のない言葉遊びではなく、もっと単純で普遍的な真理について語っている。

 人が窃視趣味に走るのは、視線を封じられたことへの苛立ちからではなく、そこに隠されているモノへの感情( 喜びや恐怖、そしてエロス )が制限なく無限大に膨らむからである。唯一絶対の回答が与えられていないので、どんな解釈、珍答もここでは許されるというわけだ。

 ( 中二時代の男子生徒が、女性への妄想を逞しくするのも、『 生身の女性 』という回答が与えられていないからである )

 今回の作品ではその人間心理を巧みに使い、さらにそれをアップグレードした手法が使われている。

 つまり、『 見えているのに、見えない 』というものだ。

 彼女の脚は膝を畳むことで、本来の長さを発揮できずにいる。約半分ほどの長さでしかない。

 しかし、そのことが常態( 立ち上がった時の姿 )での長さを想像させる。そして、我々はイメージを膨らませることで、彼女本来の長さよりも長い脚を想起してしまうのである。

 先程の言葉で言えば、彼女の脚は『 見えているのに、見えない 』のである。

 このポスターこそ、カーテン型の最新鋭モデルである。そう結論づけても、誰からも文句の出ない、見事な出来栄えであった。

 さて、以上、ふたつの形式による成功例を述べてきたわけだが、ここで忘れてはいけないことがある。退屈で月並な内容であるし、お説教臭くもあるのだが、大事なことである。省くことはできない。

 それは、演出はあくまで演出でしかない、ということだ。これらは関心を集めるためのスキルでしかなく、最終的に評価の対象となるのは、モデルという中身である。

 単純にして、新鮮味のかけらもない言説ではあるが、それだけに伝統に裏づけされた、普遍性のある大前提である。

 最後の最後でお定まりの内容を書いてしまった自責の念は残るが、この忘れられやすい真理を伝えることで、グラビア界にわずかばかりの恩返しが出来たと考え、自らの労へのねぎらいとしつつ、筆を擱くとする。

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2008年2月10日 (日)

声優語り15・近年の声優事情

私は声フェチである。その歴史はすでに半生以上になる。
最近のアニメで多いいのが、『芸能人の起用』である。天下のS●APも声優未経験者はいない。

最初に言っておく。私は『どちらでも〜』派だ。そういっていられるのも、今までに一度も好きなキャラに芸能人が起用された事がないからだ。

洋画の吹き替えは今までにも多くあったし、ディズニーアニメや宮崎アニメも俳優さんの起用が多い。
何故このような事を思ったかというと、金曜ロードショウでデスノートでの中村獅童氏を聞いてしまったからだ。ハッキリ言って上手い。いや、上手く『成った』のだ。ONE PIECE映画史上最高の迷作と(私の身内では)呼ばれている『呪われた聖剣』とは見違える(聞き違える?)ほどの上達ぶりだ。
やはり同じ芸能人であっても、歌手や舞台が主な俳優さんの方が上手い様に思われる。
『獣王星』では小栗旬氏より堂本光一氏の方が早く慣れた。まあ、あくまで「私は」だが。

結局は何が言いたいかというと。「今下手な声優としては新人な演者さんでも、上手くなってくるし。そのうち慣れてくるから、そんなに目くじら立てなくてもイイんじゃね?」という事だ。
今どんなに上手い方でも新人時代は何ともいえぬ感じなのだから。私の最愛の速水さんしかり、置鮎さんしかり。
今はテニミュ俳優が起用される事もあるのだし、某アイドル事務所のように、将来ビックになる新人を見つけてみてはどうだろう?

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2008年2月 5日 (火)

目線

○ 少年の家・玄関(朝)

   ランドセルを背負った少年が玄関から飛

   び出してくる。

   数センチほどの雪が辺りを覆っている。

   少年、天を仰ぎ、はらはらと降り続く雪

   を胸躍る気持ちで見つめる。


○ マンション・三階の一室

   パジャマ姿で外を眺めている少女。

   道行くサラリーマンやOLは滑らないよ

   う足元を見つめながら歩いている。

   母親が入ってくる。

母親「こら。ちゃんと寝てないと、またお熱

 出ちゃうでしょ」

少女「みんな下向いてる」

母親「滑っちゃうからね」

少女「あっ」


○ 道

   雪を見たくて上を向いて歩いている少年。

少年「あっ」

   少年、窓の向こうの少女と目が合う。

   その瞬間、凍った路面に足を取られ滑っ

   て転んでしまう。

   少女がそれを見て笑った。

   少年、少女の笑顔にしばし釘付けになる。

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2008年2月 4日 (月)

鬼門 ( アイドル愚考録 )

吹石一恵について語るのは難しい。

彼女を語ろうとすると、とたんに言葉が具体性を欠いてしまうからだが、特に彼女を褒める時は細心の注意が必要だ。抽象的になりがちで、力のある言葉がでてこなくなるのだ。

たとえば彼女を語る際、『 清楚 』という言葉がよく登場する。確かに彼女には朝の清浄な空気を思わせる雰囲気がある。又、『 神秘的 』といったフレーズも多用されるが、これも納得のゆく選択ではある。巫女装束に身を包んでいる彼女を想像するのは、決して難しい仕事ではあるまい。

以上にあげた言葉は、確かに彼女を語っているようだが、実際には単なる観念論でしかない。吹石一恵について思考を重ねていく内、いつのまにか中心にいたはずの彼女を見失い、観念世界の堂々巡りに入り込んでいるのだ。

彼女について論じるのではなく、イメージが先行した結果、はなはだしく客観性を欠いた、自らの頭だけで作り上げた架空の吹石一恵論になってしまうのである。

しかし、グラビアははっきりと対象を写し取る。イメージによる歪曲は、動きのある映画やドラマよりも弱くなる。

そういう意味で、彼女が表紙を飾った今週号のビックコミックスピリッツは、絶好の研究対象である。

私個人の感想を述べれば、表紙の一枚以外はそれほど好みではない。しかし、どの写真も強く印象に残っている。

彼女の顔はとても個性的だ。いや、個性的という言葉では物足りない。彼女の顔はアクが強い。

うりざね形の小さな顔。しかし、そこに収められたパーツはアンバランスに肉感的だ。その唇はぼってりとして色っぽい。特筆すべきはその二重目蓋だ。目のすぐ上にある肉の厚みが常人よりかなり厚めである。

その為、角度によってはアイラインが過度に強調されてしまい、ゴテゴテと厚いメイクを施しているように見える。

そこには『 清楚 』や『 神秘的 』の欠片もない。

あるのは『 退廃 』や『 猥雑 』だ。

それらのキーワードから導かれるのは、マレーネ・ディードリッヒ、グレタ・ガルボといった悪女のアーキタイプである。

彼女らは決して絶世の美女ではなかった。人によっては「NO」と激しく拒絶反応を示す容貌だった。しかし、彼女らのアクの強い顔は、人々の記憶につよく刻まれ、色あせることはない。

実は吹石一恵にも、現在の清純派女優ではなく、彼女らに連なる、悪女タイプの女優の可能性があるのではないか。

そして、それこそが彼女の魅力の正体なのではないか。

わたしはそう考えている。

それにしても、吹石一恵の実体について語るべく、慎重にグラビアというジャンルを選んだはずが、気がつけば『 悪女 』などどいう観念の世界へ迷い込んでしまっている。

やはり吹石一恵について語ることは、筆を持つ者にとっての鬼門であるようだ。

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2008年2月 3日 (日)

声優語り14・銀魂声優陣

私は声フェチである。その歴史はすでに半生以上になる。
私にとって出演声優はアニメを見る上で大事な要素である。その点、ジャンプアニメは事前にキャスト発表があるので有難い。

銀魂のアニメ化の時も、メインの万事屋と真選組はほぼ知っている方々だった。イメージと合っているかは別として、だが。
真選組の主な三人は以下の通りだ。
近藤/千葉進氏・ヒカルの碁の藤原佐為。知った時は「大丈夫か?!」と思ってしまった。イロイロな意味で(佐為ファンとか千葉さんファンとか…)
土方/中井和哉氏・以前にも述べたように、まったくもって予想通りのキャスティング
沖田/鈴村健一氏・ガンダム種デスで最終的には主役から降格された近年希にみる悲劇な運命のキャラ、シン・アスカ。その扱いがあまりにもだったので、沖田キャスティングはサンライズの罪ほろぼしか?と思ってしまう。
他にも新八役や神楽役の声優さん達も「名前=声」が分かっていた。
なのにだ!肝心の主役、銀時役の声優が分からなかったのだ!!
なんたる失態、なんたる屈辱o(>_<)o
申し訳ありませんでした杉田智和さんm(_ _)m
振り返ればアンジェリークのフランシスだったのだが…。とっさに気付く事がでず。どうにも銀さんとフランシスがイコールで繋げられなかったのだ。
杉田さんは今は凉宮ハルヒのキョンでもお馴染だろう。PCの恋愛アドベンチャーゲーム「クローバーの国のアリス」ではナイトメアを演じており。共演に中井さん(ナイトメアの部下でトカゲという役)がいるのも注目だ。(この二人は今後セットになる確率高し!である)

BLEACHの時もこんなんだったなぁ〜、と思いかえし。(一護以下数名が分からず、死神陣はほぼ知っていた)

最近のジャンプアニメは主人公チームの声優が分からない事が悲しい限りです。
まだまだ修行が足らんな!と、懐かし格ゲーの台詞が頭をよぎった細乃なのでした。

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