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2008年3月31日 (月)

リアル ( アイドル愚考録 )

先週、何の雑誌のグラビアだったかは忘れてしまったが、磯山さやかが表紙の雑誌を眺めていて、「すこし現実の肉がついてきたかな」と感じた。

現実の肉とは年齢と共に現れる、『 ふくよか 』という形容詞の範囲では納まりきらない肉のことで、これはグラビアアイドルが宿命的に抱え込む時限爆弾である。

地上における至高の美のひとつである彼女らもやはり人の子、時間という絶対の制約から逃れることはできないのだ。

特に骨美人ならぬ水美人の彼女は、絶頂期での肉感的な魅力と引き換えに、その盛りを過ぎれば坂道を転げ落ちるようにスタイルが激変してしまうという定めを負っている。

そのデッドライン、つまりグラビアアイドルとしての死が、背後に近づきつつあるのではないか。耳をすませばその足音が聞こえるまでに。

しかし、その一方でそれは磯山さやかに新しい魅力を与えてもいた。それを表現するには、色気などという飾られた、血の通わぬ言葉ではなく、『 エロ 』という俗で猥雑な単語こそ相応しい。

ゆるんだ線を描く二の腕。張りなく膨らんだ太腿。

これらはグラビアアイドルとしては明らかにマイナス要因である。しかし、劣った要素であるというそれゆえに、それは我々の欲望を荒々しく掻き立てるのである。

これまで幾度となく書いてきたように、アイドルとは文字通り偶像である。基本的に我々とは位相を異にする、絶対不可侵の存在が彼女らである。

そのため、我々の抱く彼女らへの欲望とは、神に対する祈りのような、決して届くことの叶わぬ、純粋で透明な感情であった。

しかし現実の肉で覆われ、その重みに耐えかねて天上より下ってきた彼女は、触れることのできる女神である。少なくとも同じ地平に立つ存在である。

理想的、夢幻的な肉は確かに美しい。しかし、それは食べることができない。それが我々の飢えを満たしてくれることは一生ないのだ。

現実の肉は美しくないが、食べることができる。血となり、肉となり、私たちの明日をつなげてくれるものである。

磯山さやかは私の期待ほどはブレイクしなかったが、もしかすると今後、その生々しく現実的な肉体で、世の男性たちの欲望の視線を引き受ける、地上のヴィーナスとなるかもしれない。ぜひともそうなってほしいところである。

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