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2008年4月

2008年4月29日 (火)

自分ルール

○ 二階の子供部屋

少年「バンバン、ギューン、ガキーン」

   ヒーロー人形と悪者人形をオリジナルス

   トーリーで戦わせて遊んでいる少年(5)。


○ キッチン

   母親が夕食の支度をしている。

母親「(二階に)ご飯よー」


○ 二階の子供部屋

少年の声「いまいくー。ヒューン、ドーン」


○ キッチン(十分後)

   食卓に夕食を並べていく母親。

母親「(二階に)ほら、ご飯よ。(返答なし)?」


○ 二階の子供部屋

   ドアを開ける母親。

   少年、半べそをかきながら、まだ人形遊

   びを続けている。

少年「いくらやっても倒せないの……」

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2008年4月28日 (月)

相武紗季の変化 ( アイドル愚考録 )

近頃の相武紗季には迷いが見える。

そう感じているのは私だけではあるまい。

目端の利く鑑賞者であれば、グラビア、テレビ等、どの相武紗季からも、昔のはつらつさが失われたことにうすうす気がついているはずだ。

目が定まっておらず、不安定で、まるで何かに脅えているようにすら見える。

主役には演技力よりも華が求められる、とは業界でよく口にされる文言だが、今の相武紗季にはその何より重要なものとされる華が元気なくしおれてしまっている。

元気よく、さっぱりとして、中性的な魅力を放っていた相武紗季はどこに行ったのか。

果たして相武紗季のピークは過ぎてしまったのか。

などと、悲観するのはまだ早い。

これは産みの苦しみなのだから。

若さとは振り向かないことだ、と説いた歌もあるように、若さとは身の保身なく、無謀な挑戦に挑むことができる時代である、と言える。

アイドルも芸能界入りを果たしたばかりの頃は、自らが業界のトップに上り詰めることを夢想し、不安はもちろん多いが、それよりも希望と野望に燃えているものだ。

しかし、時の経過と共にそれらは薄れていく。

それまで意識せずにいた自らの能力の低さ。頂点で輝く、一握りの成功者との間に広がる、計り知れないほどの距離。

さらには夢見ていた芸能界の真の姿に幻滅し、モチベーションを保てなくなったものもいるだろう。

少女の頃を過ぎた相武紗季の目に何が映じたかを知る術はない。

不甲斐ない自らへの苛立ちか。それとも芸能界の深い闇か。

いずれにせよ、それらが相武紗季の目から嘗ての輝きを奪ってしまったに違いない。

しかし、これは彼女だけに訪れるものではない。皆に等しく訪れる、普遍的な問題である。皆が潜らねばならぬ関門である。厳しいようだが、これを抜けられないようであれば、彼女もそこまでの器だったのだと諦めるよりほかはない。

が、彼女ならこの時期を乗り越えられる、と私は存外気楽に考えている。

私は既に一筋の光明を見出しているからだ。

さて、その件について語る前に、オーラを減じさせた要因のひとつである、彼女の外形的な問題にも言及しておく。

先程、相武紗季には中性的な魅力がある、と書いたが、これは原則的に少女時代のみ許される飾り言葉である。

なぜなら、男と女の境目が曖昧なのは身体的に未成熟な、少年、少女の時期だけであるからだ。

やがて少女の胸は膨らみ、全体的に丸みを帯び、澄んでいた少年の声は低く変わり、身体つきはがっしりと筋肉がついていく。

ある時期を越えても、身体の中間性を保とうとすれば、それは不自然な努力( 加工や粉飾 )を要することになるであろう。

相武紗季もまた、自身の身体に抱えていた、相反するふたつの性を放棄せざるを得ない時期が来たのだ。

彼女の身体の中にずっと存在していた少年の性。

それがすっぽりと抜け落ちることで生じた空隙。

相武紗季の不調の一端は、未だその空間を満たすだけの女らしさが生まれていないことにもあるのだ。

では、話を戻し、私の見出した光明について語るとする。

それは日本航空の沖縄キャンペーンでの相武紗季のポスターにおいて発見された。

沖縄の各地で撮影された、そのポスターに写った彼女の姿には、これまでのものとは明らかに違う、大きな変化がある。

その表情だ。

今までの彼女とは違い、元気さのない、少し疲れたような、倦怠感のある表情ばかりだ。

だが、これまでにない、ぞくりとするような女っぽさがあった。

それを見て私は確信した。

相武紗季はその失った半身( 少年の性 )の隙間を、自らの女性の性を拡大することで埋めつつあると。

今はまだ空隙を満たすほどの量ではないが、いつかそれを満たし終えるときが来る。

その時の彼女の姿を想像すると、身震いすら覚える。

今後の相武紗季の活躍から目が離せない。

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2008年4月22日 (火)

畦道

○ 細い畦道

   夏、田植えを終えた水田が広がっている。

   一人歩くのがやっとの畦道を、ランドセ

   ルを背負った少年Aが歩いてくる。

   ずっと見ていた足元から顔を上げると、

   前に見知らぬ男の子(少年B)が立って

   いる。

   白いシャツに黒の半ズボン姿。都会的な

   印象の少年B。

   道幅は一人分しかない。見詰め合う二人。

   不意に水田の泥の中へ飛び込む少年B。

少年A「!」

   少年Aには目もくれず、また服が汚れる

   のも構わずズンズン歩いていって少し先

   で畦に上がる。

少年B(少年Aを見る)

少年A「――」

農夫「なにしてんだっ!」

   カンカンに怒って少年Bのところへ駆け

   寄ってくる農夫。

農夫「このクソ坊主、よくも――」

   激しい水音。

   少年A、泥の中でわざと激しい駆け足。

農夫「こらっ!」

   逃げる少年A。

   追いかける農夫。

   少年B、その様子をずっと眺めている。

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2008年4月21日 (月)

昨日の敵は……( アイドル愚考録 )

先週のグラビアで目を惹いたのは、ヤングサンデーの池田夏希であろうか。

しっとりとした白い肌。かなりのもち肌である。

しかし、この手の肌は太陽の照る野外での撮影では紫外線で肌が赤くなってしまう危険がある。ぜひとも撮影後の肌のケアは念入りにしてもらいたいものである。

グラビアアイドルは肌のケアは欠かしてはならない。武士が刀の手入れを怠ることがないのと同じである。

以前、グラビアアイドルにはマチ組とヤマ組があると書いたが、彼女は間違いなくマチ組である。

上記のような肌質の問題もあるのだが、それよりも人工の光の方が彼女を美しく輝かせるという確固とした自信があるからである。

それは中盤辺りに配置された、青いタイルのシャワールームでのカットだった。

その美しさに私は息を呑んだ。

ほの暗い、青と紺が曖昧に溶け込んだ光線が画面を支配している。まるで深い海の底にいるようだ。

そこで彼女は大きな身体を竦めるようにして立っている。

その表情はどこか痛みを堪えるような、退廃的な官能美を覗かせている。

ロケの場所、演出、そして彼女の資質が見事に一致した、奇跡のようなカットになっていた。

ところで、ひとつ気になったのが彼女のコメントである。

彼女の左の顎には大きめのホクロがある。

彼女はそれをチャームポイントに変えていく、といった趣旨のコメントを寄せていた。

そのコメントの裏には、幼い頃よりそのことをからかわれ、随分と気に病んできたに違いない、彼女の労苦と絶望が隠れているのは誰の目にも明らかだ。

もしも彼女が単なる開き直りで言っているのであれば、私はこう言ってあげたい。

それは間違いなく、君の強みであるのだと。

成る程、確かにそれは美しいものではないかもしれない。商品としての価値を落としてしまう傷であるのかもしれない。

しかし、我々人間には完璧なものよりも、どこか歪み、崩れがあるものを好む面もあるのである。

幕末を駆け抜けた剣士、イバハチこと伊庭八郎は隻腕の剣士であった。

龍馬や新撰組程の知名度はないが、その人気は昔から非常に高く、池波正太郎や子母澤寛などの高名な作家にたびたび取り上げられている。

また林不忘の作り上げた剣怪、丹下左膳もまた右腕右目が不自由である。

彼らは自らの身体の不備を嘆くだけでは終わらず、その身体で出来る限りのポテンシャルを引き出すために感覚を鋭くし、やがて常人には想像もつかない動きを習得するにいたった。

池田夏希もまた、同じ道を歩んで貰いたいものである。

追記 それにしても彼女の出身地は千葉なのか埼玉なのか。以前の芸名、大森美希の時には出身地埼玉と書いてあったのが、池田夏希名義では千葉になっている。これは何故なのだろう。

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2008年4月20日 (日)

NO.19『ネオロマとときメモGS』(4月20日改稿)

私は声フェチである。

無論、他に漫画やアニメ、ゲームも大好きだ。

が、やはりゲームを「買う」までに至るのは声優次第だ。

その最たるのがスーパーファミコン版「アンジェリーク」だ。

あれは遡る事10数年前。

何を買おうかとゲームショップをはいかいしていた私のを引いた一際デカイ箱。

それがアンジェリークだったのです!

そしてその箱に書かれていた二人の声優の名前、

『速水奨』と『関俊彦』。迷わず購入を決めた瞬間だった。

しかし、今では当たり前となった(と思う)声買いではあるが。

当時は珍しかったのではないだろうか?

なんといってもスーパーファミコン。

今のようにフルボイスという訳にはいかない。

なんとそのソフトにはCDがついていたのだ。あれはある意味凄かった。

なんせそのCDを聴けば、全ての告白台詞その他が聴けるのだから。

コンプリート根性を持つ人には余計なお世話機能ではある。

が、私は有り難かった。

あまりコアなゲーマーで無い私は、

9人の守護聖全てをクリアする気力は無いのだから。

今ではときメモシリーズのようにお名前呼びシステムがあったりと、進歩してはいる。

私はアンジェリーク以降、この手の乙女ゲーを完全制覇した事はない。

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2008年4月15日 (火)

おばあちゃんち

○ とある農家

   山間の農村。

   庭に車が止まり若い両親と娘(4)が降

   りてくる。

娘「おばあちゃーん」

   娘、庭で作業をしていた祖母に抱きつく。

母親「早くおばあちゃんち行きたいって、楽

 しみにしてたのよ」

   農具を手にした祖父が通りかかる。

父親「お父さん、ご無沙汰しています」

祖父「おぉ(ぼそっと)」

   祖父、挨拶もそこそこに行ってしまう。

母親「もぉ、相変わらず無愛想なんだから」

   母親の言葉に祖母と父親が笑う。

   祖父、三人から見えないところでその笑

   い声を間遠に聞きながら考えている。

祖父「なんで“おじいちゃんち”じゃないん

 だ……」

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2008年4月14日 (月)

第二の志穂美悦子 ( アイドル愚考録 )

秋山莉奈=尻美人が世間の常識となって久しいが、彼女の数多あるパーツのなかで、その脇もまた一級の芸術品であることを指摘するものは少ない。これは驚きである。

あれ程、はっきりと眼前に晒されているにも関わらず、なぜ気がつかないのか。

恐らくは尻ばかりに目を奪われ、他の部分にまで注意が行かなくなっているのだ。木を見て森を見ずの言葉もある。強すぎる光は他の輝きを消してしまうのである。

ところで、脇美人は肉付きの薄い美人と必要十分条件の関係にある。

脇美人と言えば肉付きの薄い美人を指すし、逆の関係もほぼ成り立つのだ。

もっちりとしたグラマラスな女性で、美しい脇を持つ者は少ない、というのが私の持論である。

これは少し考えてみれば、誰でもすぐに納得がいくことだろう。

結局、脇の美しさとは、内側から肉体を押し上げる、骨の形状のことなのだから、表皮と骨の間の筋量が少なければ少ないほど、そのフォルムが鮮明になるのは当然のことである。

しかし筋量が少なければいいと言う訳では勿論ない。骨に薄皮を張ったような、針金のような肢体を美しいと感じられるのはかなりマイノリティーであろう。

( ヨガの行者の身体が美しいのは、その外形によるものではなく、内側から滲み出る圧倒的な精神性の高さゆえである )

その点、秋山莉奈はそのぎりぎりのラインまで余分な肉を削ぎ落とした、文句のないボディラインの持ち主だと言えるだろう。

ただ、彼女に注文を付けるとすれば、立ち姿にもう少し気を使って欲しいというところか。

これは彼女だけに責任を負わせるのは酷なのだが、彼女はその魅惑的なヒップを強調するためか、骨盤を大きく後方に張りだたせたカットが目立つのだ。

恐らくカメラマンからの指示もあるのだろうが、あれは戴けない。

日本は腰を重視する文化である。

腰が砕ける。腰が据わる。腰が浮く。二枚腰。

これらの言葉からも腰が重要なものとされてきたことがお分かりだろう。

スポーツにおいても、その重要性は高く、多くの指導者が腰の使い方が一流、二流を分ける要点であると明言している。

その視点から見ると、お尻を突き出した姿勢はいかにも不安定で無様に映る。

腰をすっと立てた、凛とした立ち姿であってほしい。

その為、ぜひとも彼女には合気道や弓道などの日本の武道を勧めたい。

これらの武道が使用する袴は着るだけで腰が自動的に立つようになっているからだ。

( その点、中国系の武術は含胸抜背(がんきょうばっぱい)という言葉で表されるように、胸を窪ませ気味にして、腰はぐっと反らさないで丸くする。簡単に言えば猫背気味になるので逆効果であろう )

ぴんと張り詰めた静謐な空気の道場で、腰を立てた姿勢の彼女の姿を想像するだけで陶然とした心地になる。それはこれまでにない、彼女の魅力を最大限に引き出したカットになるはずである。

そしてそのことで、彼女がアクション女優への道を歩むことになれば言うことはない。

私はアクションが好きなので、日本で本格派のアクション女優が生まれることを切望しているのだ。

嘗ては戸田恵梨香がそのポジションに向いていると思っていたのだが、どうにもそういった気運はまるで高まる様子がない。

しかし秋山莉奈はその点、時代劇や変身ヒーロー物でアクションを演じてもいるので、この可能性は高いと思われる。

折りしも柴咲コウがカンフー映画のため、本場中国で少林拳を習ってきたところである。

そこで、中国から捜査官として派遣されてきた柴咲コウと、彼女の相棒として日本からは合気道の達人である秋山莉奈が選抜され、最初は仲たがいしながらも死線を潜り抜ける内に友情が芽生え、やがては協力して強大な敵を倒す、というようなアクション映画はどうだろうか。

私なら1万円を払ってでも見たい。

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2008年4月13日 (日)

NO.18『緑川光』(4月13日改稿)

私は声フェチである。

そして今回は、ある意味で私の原点ともいえる緑川光氏についてだ。

語った気になっていたが、あれはあくまで「置鮎龍太郎」についてであって「緑川光」についてではないのだ。

私がこの方の声を1番最初に聴いたのは置鮎さん同様、「サイバーフォーミュラ」の新条直樹だ。

そして、困ったことに。友人には申し訳ないのだが、私は彼が演じるキャラは好きではないのが多いのだ。

新条直樹を筆頭に、スラムダンクの流川楓、蒼き伝説シュート!の田中俊彦等等。

が、困ったことに意識しすぎるせいでほんの一瞬でも気づける事である。

その筆頭がガンダムWのヒイロ・ユイだ。

当時の私はアニメ誌などはみておらず。新作アニメのキャストチェックなどはしていない中、アニメの予告を観た。

「あ、これ緑川さんじゃね?」

そう思い。次に思ったのが、

「緑川さんが出るって事は、おっきーも出るんじゃね?!」

結果は皆様ご存知の通りだろう。

さて、この方は「声優になりたくてなった」方である。

それも、ガンダムに出たくてエンディングに青二プロダクションの名前があったので青二塾に入ったそうな。

そして念願叶ってのガンダムWに出演。

まあ、キャラ的人気は2番に持っていかれた訳だが。

緑川氏のイメージといえば、王子様系なヒーローといったトコロか。

有名なのはときめきメモリアルGSのメインキャラなのだが…私としては『夢いろいろ』というPSゲームを紹介したい。

重ねて言うが、私は別に緑川氏が好きな訳ではない。

私はあくまで置鮎氏の大ファンである。

ちなみに上記の乙女ゲーム2作品共に、緑川=メインヒーロー(ときメモでいうトコロの藤崎詩織)・置鮎=お坊っちゃん系(ときメモでの伊集院みたいな感じか?別に性別は偽っていないが…)だったり。

この二人の数多くの問題発言は置鮎さんのコラムを見ていただければ分かるのだが。

一時期やたらと共演が多かったのだ。

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2008年4月 8日 (火)

かわいそうな子

○ 児童公園

   たくさんの子供たちが元気に遊んでいる。

   子供たちの遊んでいたボールが隅っこに

   いた少年(9)の足元に転がってくる。

   ベンチで談笑していた母親ABが少年の

   存在に気づく。

   母親A、子供Aを呼び、

母親A「あの子も誘ってあげなさい」

子供A「えー」

母親「意地悪しないの。かわいそうな子なん

 だから」

   それを聞いた少年、ボールをよそに蹴っ

   飛ばし、歩いて公園を出て行く。


○ 夢

   一年前、両親と少年が車でカーブの多い

   山道を走っている。

   談笑する三人、とても楽しそう。

   突然、カーブの向こうから大型トラック

   が真正面に現れる。

   談笑が一瞬にして凍りつき、トラックの

   クラクションがけたたましく響く。


○ 遠縁の伯父の家・子供部屋(深夜)

   寝ていた少年が飛び起きた。

   全身にじっとり脂汗をかいている。

   そっとドアが開き、伯母が顔を見せる。

伯母「どうしたの?」

少年「なんでもないです」

伯母「そう。おやすみ」

少年「おやすみなさい」

   伯母、退出。

   間遠に伯父と伯母の声が聞こえる。

伯父の声「どうだった?」

伯母の声「またうなされてたみたい」

伯父の声「かわいそうになぁ」

   少年、うんざりして布団を頭から被り、

少年「うるさいなぁ」

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2008年4月 7日 (月)

居着き ( アイドル愚考録 )

蒼井優のことを考えると、恥かしさのあまり穴の中に逃げ込みたくなる。

私は彼女のデビュー当時、とても低い評価を与えていたからだ。

その頃から何かしら滲み出る、オーラのようなものは感じていたのだが、私はあまり深入りすることを避け、もっと自分の好みのタイプで、もっと分かりやすく且つ論題としては扱いやすい、外形的な美しさが際立つアイドルたちを論じてきた。学徒としてあるまじき行為であり、深く恥じ入るばかりである。

今ならば語ることができる、という程の準備は整ってはいないのだが、自分の中での彼女の位置づけが無視できないほど高まっている以上、避けて通ることもできないだろう。

今後、思考活動を進めていく中で、ひとつの足がかりとして利用できるよう、ある程度の形をここで整えておきたい。そう考えている。

さて、当初、私が彼女を自身の思考活動の中から遠ざけていた理由のひとつは、その肉体的魅力の欠乏にあった。特に胸が大きいわけでもなく、さりとてボディラインが美しいというわけでもない。顔つきも整ってはいるが、まあ地味な部類であろう。

外形的な面から言えば、他のアイドルたちに比べて特に秀でたパーツは持っていないのだ。

だが、今の私は彼女がいい身体をしていると断言できる。

いい身体と言うことで、別に私は彼女がセクシャルな身体付きをしている、と言っているのでないことをここで明言しておく。私の言う、いい身体というのは、『 居着きのない身体 』を指している。

『 居着き 』という言葉をご存知ない方のために、少し説明させて頂く。

『 居着き 』とは格闘家、特に日本武道に携わる人間がよく口にする言葉で、その意味はメンタルな要素から身体が強張り、状況の変化にすばやく応じることができない状態を指す。

例えば、道を歩いていると、突然、正面から乗用車が猛スピードで向かってくるとしよう。さて、貴方はどう対応するか? 右へ飛んで避けるか、左へ身を転じるか。それとも気が動転してその場に立ち尽くしてしまうか。

存外、多くの人が三つ目の選択を選んでしまうものである。迫りくる脅威を感じていながら、否、理解しているからこそ、恐怖に身は竦みあがり、動くこと叶わず、まるで木偶のようにそこに佇立するばかりである。

この状態が『 居着き 』である。

また、『 居着き 』は防御のみならず、攻撃にも悪い影響を及ぼす。

攻撃しろ、という脳からの命令にも遅れてしまうためだ。気配や予備動作を消すために工夫を凝らす暇がなく、結果として何の細工もない動作で攻撃をしかけてしまう。所謂、テレフォンパンチという奴で、当然、手強い相手からは強烈なカウンターを喰らうはめになる。

しかし、居着いていなければ、つまり心が揺れることなく、日常とおなじ反応速度で身体を動かすことが出来るのならば、その反応は相手の予想を裏切り、圧倒的に優位に立つことができるのだ。

そのため武を志す者たちは、この境地をめざして日夜稽古に明け暮れ、苦心を重ねているのである。

蒼井優は、武道に生きる人間であれば誰もが得たいと願う、この居着きのない身体を天然自然に備えているのである。

そのため、彼女の表情や立ち居振る舞いは我々の予想を上回り、まるで合気道や柔道の達人に軽々と投げ飛ばされているかのように、たやすく心を掌握され、右へ左へ振り回されてしまうのである。

あの一見、地味で凹凸の乏しい身体が恐るべき資質を蔵していたのだ。

情けないことだが、このことに気付くのにかなりの時間を要してしまった。

ここで思い起こされるのが、「空気投げ」の妙技で柔道史に燦然と輝く、故・三船久蔵十段の言葉である。

「非凡は凡の中にある」

まさに蒼井優は、この言葉の具象化といっても過言ではあるまい。

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2008年4月 6日 (日)

NO.19『ネオロマとときメモGS』

私は声フェチである。無論、他に漫画やアニメ、ゲームも大好きだ。が、やはりゲームを「買う」までに至るのは声優次第だ。その最たるのがスーパーファミコン版「アンジェリーク」だ。
あれは遡る事10数年前。何を買おうかとゲームショップをはいかいしていた私の目を引いた一際デカイ箱。
それがアンジェリークだったのです!
そしてその箱に書かれていた二人の声優の名前、『速水奨』と『関俊彦』。迷わず購入を決めた瞬間だった。
しかし、今では当たり前となった(と思う)声買いではあるが。当時は珍しかったのではないだろうか?なんといってもスーパーファミコン。今のようにフルボイスという訳にはいかない。なんとそのソフトにはCDがついていたのだ。
あれはある意味凄かった。なんせそのCDを聴けば、全ての告白台詞その他が聴けるのだから。
コンプリート根性を持つ人には余計なお世話機能ではある。が、私は有り難かった。あまりコアなゲーマーで無い私は9人の守護聖全てをクリアする気力は無いのだから。

今ではときメモシリーズのようにお名前呼びシステムがあったりと進歩してはいる。

私はアンジェリーク以降、この手の乙女ゲーを完全制覇した事はない。

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2008年4月 1日 (火)

毎日の風景

○ 田舎の駅(朝)

   木造の古く小さな駅。

   周囲に見えるのは田んぼと山ばかり。

   ホームにいるのはランドセルを背負った

   少女A(6)一人だけ。

   一両だけの電車がホームに入ってくる。

   ドアが開くと同時に少女B(6)がピョ

   ンとホームに降り立つ。

少女A(きをつけの姿勢)

   少女B、少女Aをじっと見る。

   と、少女Aのすぐ後ろにある掲示板にチ

   ョークで彼女の身長を記す線を引く。

   カメラが引くと、同じくらいの高さに線

   がいくつも引かれている。

少女B「(線を見比べて)うーん……ちょっ

 と伸びてる」

少女A(ニコッ)

運転手「おいてくぞ」

   二人、大慌てで電車に飛び乗る。

   電車が走り出す。

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