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2008年5月 5日 (月)

大塚愛と未来の不確定性 ( アイドル愚考録 )

このコラムを書くようになってから、コンビニや書店で雑誌のチェックがかかせなくなってしまった。今朝もコンビニで、コラムの題材になりそうなグラビアを探していたのだが、そんな時、ふと目に留まったのが大塚愛が表紙のnonno五月号だった。

細い肩紐のワンピースドレスを着た大塚愛が、こちらに対して真正面に立っている。正直に言って、あまり面白みのない表紙だ。柔らかな布地だからボディラインは出ないし、むき出しになった細い肩も、髪の毛がかぶさっていて視線を邪魔している。

変わった点と言えば、その髪の毛ぐらいか。かなりボリュームのある髪が顔の左右に大きく広がり、さながらジャイアントロボを彷彿とさせる。

そんなことを考えつつも尚、私の視線はそこから離れない。何かがひっかかっているのだ。

少し考えてようやく分かった。違和感のもとはその表情だった。

喜怒哀楽のない、素っ気無い表情なのだが、どこか緊張感が漂っているのだ。一体、それが何に対しての強張りなのか分からず、手がかりを求めて私は棚から雑誌を持ち上げた。

その途端、謎は氷解した。

それまで前に立てかけられた雑誌で下部分が隠れていたのだが、その見えなかった下部分に謎を解く鍵はあったのだ。

大塚愛は両手でスカートをぎゅっと握り、わずかだが上方へ持ち上げていたのである。

ここで書いておかねばならないのが、べつにそのことで下着が見えたり、足が覗いたりしているわけではないということだ。彼女の行為は少しも露出に関与していない。

つまり表面的には何の性的魅力を掻き立てる効果はないのである。

しかし人は想像する生き物である。点が三つあれば人の顔を見出さずにおれない性質を持っている。

たとえ、今はスカートを掴んでいるだけであっても、将来的にはどうなるかは分からない。

あのまま両手はスカート生地を掴んだまま、はるか上方まで高々と上げられるかもしれない。その時、そこから何が現れるのか。明るみに出るのは何か。

あの緊張感漂う表情から、これから行う自らの大胆な行為への恐れ、そしてこちらの反応を観察するような計算高さが窺えやしないか。

写真である以上、それは時間を固着されており、永遠に答えは出ない。疑念が確信に変わることは未来永劫有り得ない。が、それは同時にどんな奇抜な妄想であっても完全に否定することができないことも意味する。

可能性はゼロではないのだ。

最近のグラビアは分かりやすい。一から十までどこに欲望すればいいかを教えてくれるような、過保護なグラビアで溢れている。

それはそれで有り難くもあるのだが、馴れてくるともう少し歯ごたえのあるものが食べたくなるのが人情というものだ。

今回のような、妄想を自由に膨らませる余地を残した、挑発的なグラビアにもっと登場して欲しいものである。

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