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2008年7月

2008年7月29日 (火)

○ アパート

女(28)の声「ごくろうさまー」

   玄関の閉まる音がし、女がやってくる。

女(室内を見回してため息)

   部屋の中には引越しの段ボールがいくつ

   も置かれている。

     ×    ×    ×

   夜。

女「いただきます」

   テレビを見ながらカップ蕎麦を食べる。

   室内の段ボールのいくつかは、開けただ

   けで放ってある。

   缶ビールを誤って零してしまう。

   周囲を探し、結局段ボールから見つけた

   靴下で零したビールを拭く。

女(あっ)

   左手の薬指、結婚指輪をしていたところ

   だけが白く、日焼けしていない。

   その跡をじっと見つめる女。

   テレビからの笑い声が響く。

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2008年7月28日 (月)

月と太陽と原幹恵 (アイドル愚考録)

「近頃、よく原幹恵を見るな」

最初はそんな漠然とした考えだった。しかし、何となく気にかかり、それから彼女のグラビアを無意識に探すようになった。するとやはり彼女を見る回数が増えていた。

彼女のグラビアが増えた理由とは何か。

その理由を探るべく、彼女のグラビアを見つけるとゆっくり時間をかけて眺めるようになった。その結果、私は疑問への答えを得たが、しかし先ずはそれの過程で発見した、あるひとつの考えを先にお話したい。それは答えとも密接に絡んでおり、ここを抑えておくことが後の理解に繋がると信じるからである。

その考えとは、

『 原幹恵は月である 』

ということだ。

この私の主張に、大半の読者は驚かれることであろう。

原幹恵の魅力とはその力強さ、逞しさすら感じさせる健康的な肉体美であり、夜を優しく照らす月の持つイメージとは大きく異なっているからだ。

しかし、月の光が一体何によるものなのかを考えれば、この不審もたちどころに消えてしまうに違いない。

月の光とは、すなわち太陽の光である。

はるか昔より人々に愛され、今尚あまたの詩人たちの賛美の対象であり続ける月は、その美しさを太陽という強大な庇護者から与えられているのだ。これまでの賞賛や熱狂ぶりを考えると、月ほど巧みに太陽の恩恵を使いこなしているものは他にあるまい。

そして、地上における月の代行者と呼ぶべき存在が、原幹恵である。

私の知る限り、夏の陽射しを生かすことにかけて原幹恵を越えるグラビアアイドルはいない。

肌を焦がしそうな夏の熱い陽射しも、彼女の肌はしっかりと受け止め、見事な生命の輝きを放つのだ。

これは余談だが、先週号のヤングジャンプの谷桃子のグラビアは、この太陽の強すぎるライティングに振り回されていた。表紙とラストの室内撮影のカットは良かったのだが、間に挟まれていた浜辺でのカットは悲惨であった。強い陽射しが容赦なく彼女の白い肌を痛めつけ、その余りの痛々しさに私は注視することができなかった。

一見、正反対のように思える月と原幹恵だが、実は共に太陽という心強い味方で繋がっていたのである。

これでようやく最初の疑問に対する答えを示す用意ができた。

彼女のグラビアが増えた理由とは、今の季節が夏だからに他ならない。

陽射しの強くなる夏こそが、原幹恵のもっとも輝く時期であるのだ。

今後ますます陽射しは熱く、強くなる。

夏はこれからが本番である。

原幹恵の勢いは当分止まりそうにない。

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2008年7月22日 (火)

転勤

○ 東京駅・改札前

   たくさんの人が行き交う中、隅の方に二

   十代中ごろのカップルがいる。

   泣きじゃくる女を男が優しく慰めている。

   女の足元には大きな旅行用バッグ。

女「やっぱり、わたし仕事辞める」

男「無茶いうなよ」

女「だって、離れたくないもん」

男「大丈夫だよ。今どき遠距離恋愛ぐらい珍

 しくもない。俺が愛してるのはお前だけだ

 よ」

女「ホント? 信じていい?」

男「約束する。ほら、そろそろ行かないと」

   女、涙を拭き、改札を通る。

   続いて男も、と思いきや改札前で立ち止

   まる。

女「どうしたの?」

男「だって、入場するだけで金払うのって、

 なんかバカらしいだろ」

女「……」

男「じゃあ、また――」

女「さよなら」

   男を見限った女は、確かな足取りで人ご

   みの中へと消えていく。

   発車のベルが間遠に聞こえる。

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2008年7月21日 (月)

田中れいなと高橋愛。あるいは電脳世界のアリスたち (アイドル愚考録 )

皆さんはMacファンという月刊誌をご存知だろうか?

「iphone」を生み出したアップル社の主力商品、パーソナルコンピュータMac。そのMacを中心に、あらゆるMacユーザーのための情報を取り扱っているのがこのMacファンである。

が、私にとって雑誌の内容はどうでもよい。私はパソコンにほぼ関心がない。メール機能すらほとんど使わぬ私にとって、iphonなど無用の長物でしかない。

そんな私がMacファン8月号を手に取った訳はただひとつ、表紙のグラビアにある。

「モーニング娘。」の田中れいなと高橋愛の表紙が抜群に良かったのだ。

以前、専門誌(アウトドアやオートバイなど)のグラビアは、その雑誌の扱う内容によってさまざまな制約を受け、そのためにグラビア誌や大衆誌のそれとは違う出来栄えになる、と論じたことがあったが(アイドル愚考録の4:参照)今回はその制約と彼女らの特性がうまく噛み合い、すばらしいケミストリーを生み出している。

パソコン誌のグラビアに要求されるのは、コンピュータ技術と人間の幸福な共生関係を描くことである。小型化された電子機器を持ち、にっこり微笑む知的美女。このような表紙を見たことのある人は多いだろう。もはやテンプレートと化した、典型的パソコン誌の構図である。

しかし、今回のMacファンの表紙は違った。

そこにあるのはコンピュータという機械(ハード)そのものではなく、コンピュータの持つ未来的なイメージだ。

田中れいなと高橋愛がいるのは、白い無機質な素材で作られた、とても大きな箱が規則的に並べられた不思議な世界である。清潔だが、生命の感じられない寂しい空間だ。我々がコンピュータに抱く、漠然とした不安が包み隠さず現れている。

昔のSF小説には、人工知能が人間の愚かさに愛想を尽かして叛旗を翻す、といった筋書きのものが多かった。最近ではあまり流行らなくなったようだが、コンピュータという表情の見えない存在に対し、我々はやはり潜在的に畏れのようなものを感じているのだろう。

しかし、コンピュータの販促、普及を目的とするパソコン誌の表紙がこれだけで終わる筈がない。そこはきちんと我々の不安を解消してくれる。人間とコンピュータとの幸福な未来を提示している。

それは田中れいなと高橋愛の表情である。

一見、白い無機質なこの空間に捕らえられたように見える彼女らだが、その表情にまるで不安の色がないのだ。微笑むでも悲しむでもないそのニュートラルな表情は、ここが自分たちのあたりまえの日常であると主張しているようだ。

広漠とした空間に違和感なく溶け込むふたりは、まるでコンピュータの妖精のようだ。不思議の国ならぬ、電脳世界のアリスたちである。

背景の同じ白だけでコーディネイトされた衣装が、彼女らとその空間の一体化を生み出しているのは間違いないが、彼女らの地力の高さも忘れてはならない。

今回のグラビアには、抑えた表情が欠かせない。生物であることが強く現れすぎると、画面との一体感を剥ぎとってしまう。が、消してしまえば我々の感情移入を阻害する。人間でも人形でもだめなのだ。その曖昧な領域で生きる存在が必要とされるである。

難しい注文だが、さすがは「モーニング娘。」のふたりである。年齢に見合わぬ、数々の場数を踏んでいるだけのことはある。見事にこの難題に答えてみせた。

機械(ハード)そのものを写すことなく、コンピュータ技術と人間の共生関係をつよく訴える、すばらしい一枚である。

ひとつ残念なのは、彼女らの手が離れていたことだ。これで彼女らがお互いの手をつないでいれば、もう一段物語性が強まり、そこはかとなくエロスの漂う、深みのある作品になっていたはずだ。よい写真であっただけに勿体なく思う。

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2008年7月15日 (火)

渡世人

○ 田舎の道

   日本晴れの空が一転にわかに掻き曇り、

   瞬く間に土砂降りになる。

   田園地帯の中の一本道。

   手提げバッグを持った少女が濡れながら

   駆けて来てバス停の屋根付き待合所に避

   難する。

声「災難だったな」

   少女、キョロキョロと見回す。

   すると足元に三度笠を被った渡世人風の

   カエルが一匹。

少女「学校のプールに行ったの」

カエル「ほぉ」

少女「で、その後、皆とアイス食べながらお

 しゃべりしてたら降ってきちゃって」

カエル「好事魔多しってな」

少女「こうじま?」

カエル「いい気になって油断してるとろくな

 ことがねぇって話さ」

少女「これ(ずぶ濡れ)じゃあいい気になん

 かなりようがないわよ。行っちゃうの?」

カエル「生憎と濡れるのは嫌いじゃないんで

 ね」

   カエル、行きかけて思い出したように、

カエル「そうだ、お嬢ちゃん。最後にこれだ

 けは言っておくが、『逆もまた然り』だ。

 人生悪いことばかり続くもんじゃない。明

 けない梅雨はないってことだけは肝に銘じ

 ときな。あばよ」

少女「お達者でー」

   カエルはたまたまやって来たバスにプチ

   ッと潰されてしまった。

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2008年7月14日 (月)

岩佐真悠子とグラビア偏差値 ( アイドル愚考録 )

無頼派を代表する作家であり、自他ともに認める料理通でもあった壇一雄は、ある時、鄙びた山村で食した山菜料理の味わいを、田舎娘の素朴さがある、と表現した。作家ならではの洒落た言葉遣いである。

自分の考えを他者に説明するには、どうしたって言葉を使わざるを得ない。出来れば自分の考えたことの全てを正確に誤りなく伝えたいし、叶うなら人よりも優れた、且つ独自性のある言葉を開拓したい。

これは誰しも身に覚えのある、すなおな感情であろう。

そして、表現者としての自覚を持つ者となると、その感情は切実で、身を焦がすほどの熱量を持つことになる。

目の前にある物をどのような言葉で表現するか。

これは熟達した作家から絵日記を書く幼児に至るまで、物を書く人間であれば誰しもが抱える根本的な命題で、終生ついて回る作家の悩みの種である。

グラビア評論も同じである。

私はよく友人たちとグラビアの話をするが、その時も相手にとって新鮮で力のある切り口で話をしようと努めているし、逆に人の話を聞く場合もおなじ基準で耳を傾けている。

そんな経験から得た持論なのだが、ある人のグラビア偏差値を知りたい時、『 岩佐真悠子をどう思うか 』という質問をすることで、かなり正確な数値が測れると確信している。

もしも相手が「かわいい」「きれい」といった紋切り型の文言で返したとしたら、その人間はグラビア偏差値が低いとされても仕方ない。

彼女の魅力は多面的であり、そのような固定された言葉では捉えられないからだ。おそらくグラビアに対する関心が低く、彼女の過去のグラビアのわずかな記憶だけで評価するから、そんな言葉がでてくるのだろう。

愛情の反対は憎悪ではなく、無関心である、というマザー・テレサの言葉が思い起こされる。

もし私が同じ質問を受けたならばどう答えるか。

私ならばこう答える。

岩佐真悠子はふてぶてしい 。

彼女はふてぶてしい。

何より雄弁にそのことを語っているのはその目だ。

あの焦点の定まらない、トロンとした目付きは、その奥底に苛立ちと狂気を隠している。

こういう目をした人間は怖い。

何か気に入らないことがあれば、その場の空気も身の保身も考えず、一直線にこちらに向かってくる。一瞬の躊躇いもなく襲ってくる相手を躱すのは難しい。

過去、岩佐真悠子はテレビ番組で二度も明石家さんまに噛み付いている。それは彼のようなスターとの絡みを増やすための、彼女なりの戦略なのかも知れないが、私は彼女のストレートな感情なのではないかと思っている。

そんな彼女の目は、元リングスのプロレスラーで現在は格闘イベントのプロモーターである、前田日明の目と似ている。

彼は自らが正しいと思うと後先を考えずに手を出してしまう、子供っぽい心を持っている。とてもやんちゃの一言では片付けられぬ、数々の事件を過去に起こしている。

しかし、我々ファンは、彼がどんな事件を起こしても不思議と嫌いにならない。それどころか、「さすがはアキラ兄さん。トンパチだなぁ」とますます好きになってしまうのだ。世間の道徳観からすればとても褒められた人種ではないのだが、それを自覚しながらも、どうしても嫌いになれない。困ったお人である。

そして、それは岩佐真悠子も同じなのだ。

彼女のグラビアを見ていると、「無理に笑顔を作れとは言わないが、こちらに対してもう少し関心を持てよ」と言いたくなってしまう。

あの目は明らかに撮影に飽き、しかも少し苛立ってもいる。

とてもグラビアに携わる人間の態度とは思えない。

ところが、そこが良いのだ。

ページを閉じて暫らくしても、あの目が脳裏から離れないのだ。ふいに甦るのだ。

真摯にグラビアに取り組むグラビアアイドルたちには申し訳ないが、あの無関心さを隠さない剥きだしの眼差しは、彼女だけの表現技法なのだと言えなくもない。

無関心さを売りにするとは、何というふてぶてしい態度だろうか。

ライバルたちが躍起になればなる程、彼女の個性はより際立ち、暗い光をグラビア界に放つのだから。

しかも、悔しいことに私たちはその光に抗うことができないのだ。

本当に岩佐真悠子はふてぶてしい奴である。

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2008年7月 8日 (火)

香り

○ 田舎の家・居間

   急に明かりが消える。

   ハッとする浩太(7)と優(5)。

   部屋には二人だけであり、窓外は酷い嵐。

   襖が開き、優の母親がロウソクを持って

   きてテーブルの上に置く。

優の母親「優。お母さんたち、ちょっと畑み

 てくるからここで大人しくしてるのよ。浩

 ちゃん、優のことよろしくね」

   窓の鍵を閉め、カーテンを閉めてから退

   出する優の母親。そのとき、廊下をレイ

   ンコートを着込んで歩く大人たちの姿が

   見える。

大人の優の声「当時、私の実家は桃農園をや

 っており、夏に台風が来ると、桃を守るた

 め夜でも隣近所総出で農園へと向うことが

 しばしばあった」

   じっとしている浩太と優。

   玄関の戸を開け閉めする音がする。

   静まり返る室内。あるのは風の音と窓の

   揺れる音だけ。

浩太「なぁ、外見てみようか」

   浩太、立ち上がり窓へと歩いていく。

優「あっ(止めようとするが――)」

   窓を開ける浩太。

   強い風と雨粒が吹き込み、ロウソクの炎

   が消える。

浩太「優」

優「!」

浩太「来てみ。甘い匂いがする」

   優、恐る恐る浩太の隣へ。

   目を閉じ鼻で空気を吸い込んでいる浩太。

   優も真似して目を閉じ空気を吸い込む。

浩太「な?」

優「うん」

大人の優の声「それは今まで食べたどんな桃

 よりも甘く、清らかだった」

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さよならヤングサンデー ( アイドル愚考録 )

今、私の心は耐え難い悲しみで一杯だ。

ついにヤングサンデーの休刊が確実なものになってしまったのだ。

今月31日号を最後に、ヤングサンデーはその歴史を終える。

ヤングサンデーは私の恩人である。私はこの雑誌のグラビアからさまざまな物を学んだ。

吉岡美穂、小倉優子の良さに気付かせてくれたのはヤングサンデーである。近年では秋山莉奈のグラビアに冴えを見せ、彼女のあたらしい魅力に目を開かせてくれた。特に少し前の、黒い水着に身を包んだ彼女のグラビアなどは秀逸な出来栄えだった。

グラビアを愛する者にとって、ヤングサンデーはその品格、安定した質の高さから、グラビア界のメジャーリーグといってよい存在である。我々はアイドルの人気を計るための指標として用い、アイドルたちにとっても大きな晴れ舞台であり、ヤングサンデーの表紙を飾ることは一応の成功を意味していた。

ヤングサンデーのグラビアの特徴は、その明るさにある。夏の太陽を思わせる、明るい色彩のグラビアが真骨頂であった。セクシーさでは他誌に遅れを取るが、元気さ、活発さを売りとするようなアイドルのグラビアには絶対的な強さを持っていた。例えば南明奈のグラビアなどがそうだ。南国の浜辺で、弾けるような笑顔を見せる彼女のグラビアは、ヤングサンデーにしか似合わないと私は思っている。

また、忘れてならないのはヤングジャンプとのライバル関係である。我々はこの二誌を、馬場と猪木、王と長嶋、アメリカとソ連といった、火花を散らすライバル関係として捉えてきた。毎週、どちらのグラビアが優れているかを巡り、仲間内で激論を交わすのが、ここ数年の私の習慣であった。それがこういった形で終止符が打たれることになろうとは。

競争のない市場に発展はない、とは昔からよく言われる言葉である。

ヤングサンデーとヤングジャンプのライバル関係は、間違いなくグラビア界に熱気を与えていた。それが失われることは業界にとって大きな痛手である。

月刊ジャンプがジャンプスクエアとしてリニューアルされたように、ヤングサンデーもまた、生まれ変わった新たな姿で、我々の前に現れてくれることを切望するばかりである。

それはそれとして、今、仲間内の間でもっともホットな話題は、ヤングサンデー最後の号の表紙を飾るのは果たして誰なのか、ということだ。

谷桃子、戸田恵梨香などの名前が上がっているが、私としては、今もっともヤングサンデーを感じさせるアイドルである秋山莉奈を強く推す。

ノーブルな顔立ちの彼女ならば、掉尾を飾るに相応しい、品位あるグラビアに仕上がるはずだ。

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2008年7月 6日 (日)

月刊I-GIRL『6月号』(7日6日改稿)

6月22日は全国大会Rが大阪で開催!

なんですが、私は東京…。

久々にコミケにサークル参加出来る事になり、

6月7月8月は倹約せねばなのです。

なので、速水奨さんのバースデーイベントも久々の単独ライヴも泣く泣く断念(;_;)

オフセット作りたい&コピー機新しくしたい_| ̄|〇

8月生まれが(ノд<。)

8月と12月に人気キャラの誕生日があると

そのジャンルは長生きすると伝えられていますが、生モノはそうはいかないのが現状。

やはりコミケは別物、いや別格ですから。

何だかんだであと一ヶ月半に迫った夏コミ。

そこで、知っていれば少しはマシなイベント知識を紹介したいと思います。

雨が降らないなんて過去の伝説。

いまではかなりの確率で雨が降る。

そんな時には雨傘より雨合羽が有利。

周りに迷惑かけないし、周りの傘からの雨垂れも防げる。

何より傘では「傘はとじてくだい」と言われる事があるので要注意。

外周に並ぶ予定の方は是非合羽を!中に入った時は脱いでビニール等に入れるのをお忘れなく。

そしてこの「傘たたんでください」は晴れの日にも適応される。なので日傘より帽子。首にはマフラータオルがお勧め(私はミスドのポンデと日本代表の青いヤツ)。

大き目のタオル、もしくは小さいバスタオル。一般入場の方は敷くもよし、日除けにもなる。そして普通に汗を拭くにも利用できる優れモノ。

良くある「ペットボトルの中身を半分にしてから凍らし、凍ったあとに残りの半分を戻す」ってのがあるが、これはあまり勧めない。

氷は水以外が含まれている所から溶けていくのだ。

溶けきる前に飲むと味が濃く、後々味が薄くなってしまう。

全部溶けた後に飲むか、凍らせる場合はミネラルウォーターにするのが無難だろう。

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2008年7月 1日 (火)

鳴らないピアノ

○ ピアノ教室

   ピアノを弾く少女。

   厳しそうな先生が横で見守っている。

先生「また間違えた。もうすぐ発表会なんだ

 からちゃんと弾けなきゃ駄目じゃない」

少女「……(つまんない)」


○ 少女の部屋

   「ただいま」という少女の声。

   少しして少女がドアを開け入ってくる。

   元気ない様子でため息をつく。

   ふと箪笥の上に置かれた玩具の小さなピ

   アノが目に入る。

   手にとって適当に鍵盤を叩いてみる。

少女(あれっ)

   一つだけ鳴らない音がある。

   ネコ踏んじゃったを弾くと、やはりその

   音だけ出ず、変な曲に。

   それが何ともおかしくて思わず少女に笑

   みが浮かぶ。

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