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2008年9月25日 (木)

アキレスの踵。南明奈の膝。

うさぎ、うさぎ、何見て跳ねる。十五夜お月様見て跳ねる。

中秋の名月も過ぎた(ちなみに今年は9月14日であった)というのに、何故にこんなお月見の歌? 

などと怪訝に思った方も多いであろう。が、もちろんこの歌詞を抜き出したのには訳が有る。

それは14日の夜、私が十五夜の名月を眺めつつ、ぼんやりとこの歌を口ずさんでいた時だった。何となく晴れやかな気持ちでいた私の頭の中に、唐突にあるイメージが浮かんできたのだ。

それは月で餅を搗いているうさぎではなく、南明奈その人であった。より詳しく述べるならば、南明奈の膝であった。

ところで、人は『 南明奈のグラビア 』と言われ、どんなイメージを頭に浮かべるだろうか。

砂浜を元気に駆け回る彼女だろうか?

顔をくしゃくしゃにして笑う、彼女の無邪気な笑い顔だろうか?

しかし、もし私と感性が似ている人であれば、今、彼女の足は地上にないはずだ。

私が思い浮かべる『 南明奈のグラビア 』とは、思い切りジャンプした彼女が、ふわりと宙に浮かんでいるところだからである。

南明奈に限らず、そのグラビアアイドルに元気というイメージを刻みたい時、カメラマンは彼女らを宙へ飛ばすことによってこれを解決しようとする。

では何故ジャンプすることが元気さに繋がるのか。

それは大人とはあまりジャンプしないものだからである。

人は成長すると稀にしか飛び上がることをしなくなる。例外はスポーツや高い処にある物を取ろうとする時ぐらいであろう。他にも予想外のことが起きた驚きで、うひゃあと飛び上がる場面を昔の漫画でよく見たが、それは漫画特有の過剰な演出であり、現実の世界で見られることはまずないので除外する。

つまり、何かのためにやむを得ずするわけではなく、単にジャンプする快楽のために跳ね上がる行為は、子供たちの専売特許なのである。

ここまでくれば後は容易である。子供=元気という図式は、誰でも違和感なく受け止められる真理だからだ。

休日、仕事の疲れを引き摺りながらも家族を連れて観光地に出かけた父親が、はしゃぎまわる我が子を眺めて「子供は元気だな」と呟くように、子供というものはその小さな身体にとうてい納まりきらないエネルギーを蓄えているのである。

そして、その元気な子供を模倣することで、彼女たちは自らに元気というイメージを付与しているのである。

今現在もっとも元気さを売りとする南明奈は、おそらく歴代のグラビアアイドルの中でもそのジャンプ回数はかなり上位であるはずで、私が跳ねているうさぎから、南明奈のグラビアを連想したのも無理のないことなのである。

それにしても心配なのは彼女の膝である。

はじまりがあれば終わりがある。

写真の中の彼女は永遠に宙に浮いていられるが、現実の彼女はそうではない。

跳んだ回数だけ、着地しなくてはならないのだ。

そして、その衝撃をもろに受けるのは膝である。

砂浜ならば砂がショックを和らげてくれるから大丈夫、と考えるのは早計である。砂浜というのはあれで案外起伏があるものなのだ。ランダムに出来た大小の斜面の上で、毎回きちんとした着地を決めるのは、実はかなり難しい芸当なのである。

身体に感じない程度の軟着陸を繰り返す内、その歪みはしだいに大きくなっていき、ある日、突然に激しい痛みとなって彼女の膝を襲うのではないか。

近頃ではそんな想像が頭から離れず、彼女のグラビアを以前ほど純粋に楽しめなくなってしまった。

膝を抱え、悲鳴をあげる彼女など決して見たくない。

願わくばグラビアの神よ、南明奈と南明奈の膝を守りたまえ。

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