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2009年1月 7日 (水)

アリストテレスの詩学について(二回目)

前回の予告に書いたとおり、今回は筋(ストーリー)について書いてみようと思う。

プロ、アマを問わず物語を作る人間であれば、始めから終わりまで整合性のある筋(ストーリー)を作り出すことの難しさを知っているだろう。破綻をきたしてないか。ご都合主義におちてないか。目を皿のようにして原稿を眺め、一枚書いては破り捨て、一枚書いては破り捨て、を繰り返して結局は一日を棒に振る。脳ミソはどっぷりと疲れたが目の前の原稿は真っ白いまま。ぐったりと重い身体を引き摺って布団にもぐりこむ。明日こそは続きを書こうと誓うが、心の奥では明日なんか来なければよいのに、と呟いている。

そんな創作活動の苦しみが多少は軽減されるかもしれない、ストーリーを作る上でのヒントとなるような、幾つかのポイントをアリストテレスの詩学から紹介したい。

ただし前回も書いたが、この本は大昔に書かれたものであるため、作中に例としてあげられている戯曲が現代人にとって馴染みの薄いものばかりである。モデルとしては適切でない。

そこでこれを大幅に変え、日本人ならば誰しも知っている「桃太郎」をモデルとして扱うことにした。これで多少は分かりやすくなると思う。

単一と複合のストーリー

アリストテレスは、ストーリーには単一と複合の2種類があると書いている。単一のストーリーとは文字通り、ひとつの目的に向かって突き進む主人公の成功、もしくは失敗について書かれたもので、複合のストーリーとは後述する発見と急転を持ち、それらによって主人公の運命が移り変わっていくものを示している。

正直、よく分からない説明になってしまったので、上述したように「桃太郎」で説明したい。

単一のストーリーとは、「桃太郎」の筋そのものである。桃から生まれた桃太郎が犬、猿、雉の三匹の部下を引きつれ鬼ガ島へ渡り、見事に鬼を討ち果たす。この単純にして明快なストーリーラインが単一のストーリーである。

単一という呼び方からすると、複合に比べて一段も二段も劣るような印象を受けるが、分かりやすく力強いストーリーラインであるため、書きたい題材や媒体(少年漫画や児童小説)によっては複合を上回る効果を得られるだろう。

なお、ドラゴンクエストに代表される、初期のRPGゲームはほとんどが単一のストーリーだったと言える。

十分な説明とは言い難いが、これはアリストテレスが単一のストーリーについてほとんど説明していないことが原因である。前回にもすこし書いたが、どうも先生は好き嫌いのはっきりした御仁らしく、また嫌いなものに対しては徹底的に無視を決め込む性質らしい。

次に複合のストーリーだが、これは従来の「桃太郎」にある改良を加えて考えると実に分かりやすい。改良するのは鬼の属性である。本来倒すべき敵という属性しか持たない鬼に、父親という属性を新たに付け加えるのである。

すると、どうなるだろう。

正義の志に燃えた桃太郎は三匹の家来を引き連れて鬼ガ島へ乗り込む。悪逆の限りを尽くす鬼たちを苦難の末に退治し、達成した己の偉業に酔っていたその時、桃太郎は発見するのだ。今まさに打ち倒した鬼の大将こそが、自分の実の父親であるという証拠を。

その瞬間、桃太郎は稀代の英雄から肉親殺しの大罪人へ転落する。

無邪気な正義のヒーロー、桃太郎の苦悩の日々がこれから始まるのである。

察しのよい読者であれば、この展開が多くの作品の中ですでに使われていることにもう気付いていることだろう。

魔王「フハハハ、お前にワシは倒せん」

勇者「なぜだ!」

魔王「ワシがお前の父親だからだ」

勇者「な、なんだって!」

魔王「強くなったな、我が息子よ」

このように、倒すべき敵がじつは父親、という展開は一昔前の少年漫画の王道パターンであった。目の肥えた読者の増えた現代では、流石にこれをそのまま持ち込むことはできないが、手を変え、品を変えれば今でも十分に活用できる、便利なパターンのひとつではあると思われる。

閑話休題。恐らく複合のストーリーとは、自分を発見するストーリーなのだろう。桃太郎は自分が桃からではなく、鬼から生まれたという出生の秘密を知り、本当の自分を発見する。詩学のなかで絶賛されるオイディプス王も、自分が父親を殺し、母親を犯した大罪人である自分を発見する。

近代文学の大半が内的自己の喪失と発見をモチーフとしていることを考えれば、自分を発見する複合のストーリーを学ぶことは現代においても役立つかもしれない。

ちなみに鬼が桃太郎の父親であるというバージョンの「桃太郎」は私の創作ではない。出自は忘れたが、どこかの地方に伝わっていた御伽噺だったと記憶している。

さて、当初の予定ではこのまま、アリストテレスがストーリーを作る上で、必ず含めなければならないとした三つの要素、発見、急転、苦痛についても書くつもりだったのだが、予想していたよりも分量が多くなってしまった。

はなはだ中途半端ではあるのだが、この辺りで一度、休憩をはさみたいと思う。

それでは、ここまで読んで下さった読者の皆さん、お疲れさまでした。また次回、お会いしましょう。

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